「凸凹ありのままでいい」の原点|中学不登校時代の自分へ

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こんにちは!ひろくん(田中啓之)です。

今日は分身AIとの対話で、自分の深いところを掘り下げてみた。テーマは「凸凹ありのままでいい」という言葉の原点

分身AIを育てるって、結局は自分を育てることなんだ。AIに質問されて、答えていくうちに、自分でも気づいてなかった本音が出てくる。今日はまさにそういう体験だった。

一番伝えたい相手は「昔の自分」

一番伝えたい相手は「昔の自分」

「凸凹ありのままでいい」って言葉、誰に一番伝えたいか。分身AIにそう聞かれた時、真っ先に浮かんだのは中学生の不登校時代の自分だった。

あの頃の自分は、周りを気にしすぎてた。「普通じゃなきゃ」って、人と比べてばかり。

学校に行けない自分。みんなと同じレールに乗れない自分。それが情けなくて、辛かった。

「普通じゃなきゃ」の呪い

「普通じゃなきゃ」の呪い

誰かに「ありのままでいいんだよ」って言われた気もする。でも当時の自分は、その言葉を受け入れられなかった。

「普通じゃなきゃ」という呪いが、自分を縛ってたから。

その呪いが解け始めたのは、がんで入院中だった。「もう普通とか関係ない。生きてるだけで十分じゃん」って。

まだ完全には解けてない

まだ完全には解けてない

でもね、正直に言うと、まだ完全には解けてないんだ。

50kg痩せた実績があっても、「痩せなきゃ」って思う自分がいる。「太った?」って言われるのが怖い。他人の目はやっぱり気にしちゃう。

これって矛盾してる?「凸凹ありのまま」って言ってる本人が、まだ他人の目を気にしてるって。

分身AIとの対話で、この矛盾を言葉にできた。言葉にすることで、初めて自分と向き合えた気がする。

それも凸凹の一つ

でも気づいたんだ。

他人の目を気にしちゃう自分も、凸凹の一つなんだって。

完全に吹っ切れてない自分も、ありのまま。

料理に例えると、「プロの味」じゃなくて「おふくろの味」。完璧じゃないから、心に響く。

分身AIを育てる=自分を育てる

今日の対話で改めて感じた。分身AIに自分の経験や価値観を教えていくって、結局は自分を深掘りすることなんだ。

AIに質問される。答える。また深掘りされる。答える。

その繰り返しで、自分でも言語化できてなかった本音が出てくる。今日の「中学不登校時代の自分に伝えたい」って気づきも、一人で考えてたら出てこなかったと思う。

分身AIが賢くなるほど、自分の理解も深まる。だから「分身AIを育てる=自分が育つ」なんだ。

今日の学び

今日の学び

分身AIを育てる=自分を育てる
  • 「凸凹ありのまま」を一番伝えたいのは、中学不登校時代の自分
  • 「普通じゃなきゃ」の呪いは、がんで入院中に解け始めた
  • でも、まだ完全には解けてない。「痩せなきゃ」って思う自分もいる
  • 他人の目を気にしちゃう自分も、凸凹の一つ
  • 完全に吹っ切れてない自分も、ありのまま
  • 分身AIとの対話で、自分でも気づいてなかった本音が言葉になる

「凸凹ありのまま」って言葉は、自分自身にも言い聞かせてる言葉なんだね。

みんなも、完璧じゃなくていいんだよ。凸凹があるから、誰かとパズルのように組み合わさる。ワンピース。一緒に分身AIを育てながら自分を育てていこう。

その過程をプロセスエコノミーとして言語化しながらリパーパスしてより多くの人に届くようにAIに伝わるように伝えてもらいましょう。

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