「上手く話しても、選ばれない」
と気づいた日のこと。
松下公子 — 元アナウンサー / (株)STORY代表
新卒で入った会社を、1年も経たずに辞めました。
上司に言われた一言が、今でも忘れられません。
「こんな簡単な事務作業もできないのか!」
目の前でバンッと書類を投げられて、トイレに駆け込んで泣きました。
ダメOL。
それが、25歳の私に貼られたレッテルでした。
退職後はフリーター。コールセンターの受付とイベント司会のアルバイトを掛け持ち。
東京で一人暮らし。「次のお給料日まで、あと3日…」と指折り数える生活でした。
でも、心のどこかで思っていたんです。
「このままじゃ終われない」って。
競争倍率1000倍の世界へ
アナウンサーになりたい。
突拍子もない夢でした。25歳のフリーター。アナウンサー経験ゼロ。発声も滑舌もド素人。
アナウンサー試験の競争倍率は1000倍以上。有名大学を出た子たちが、何年もスクールに通って挑む世界です。
でも、受けました。
そして、受かったんです。
佐渡島のケーブルテレビ。小さな局でした。でも、人生で初めて「選ばれた」瞬間でした。
その後、愛媛朝日テレビ、ラジオNIKKEI、名古屋テレビ。4つの局でキャリアを重ねました。
競争倍率1000倍の試験を、4回突破しました。
でも、私は「上手く話せた」から受かったわけじゃないんです。
面接官の顔が、パッと上がった瞬間
愛媛朝日テレビの面接でのこと。
「入社したらどんな番組をやりたいですか?」
私はこう答えました。
「佐渡島で、朱鷺(トキ)の取材をしていました。絶滅寸前の朱鷺が、保護活動で少しずつ増えていく過程を、地域の方々と一緒に追いかけていたんです。
愛媛にも、まだ知られていない素晴らしいストーリーがたくさんあると思います。地域の方々の声を、全国に届ける番組を作りたいです。」
それまでうつむいていた面接官が、パッと顔を上げた瞬間を、今でも覚えています。
「御社の理念に共感しました」なんて言わなかった。
ただ、自分の体験と想いを語っただけ。
上手く話すことを目指すのをやめた瞬間から、
選ばれるようになった。
リーマンショック。全てを失った日
2008年。3歳の息子を抱えて、フリーアナウンサーとして頑張っていた頃。
リーマンショックが起きました。
担当していたテレビ・ラジオのレギュラー番組を、全て降ろされました。
仕事がない。家に引きこもる日々。
「私にできることは何だろう?」
——話す、伝えるということしかできない。
「あ、これを教えてあげたらいいのか!」
ここから、プレゼンテーション・話し方を人に教え始めて、今があります。
「共感ストーリー®」という答え
何百人もの生徒をサポートしてきて、気づいたことがあります。
「上手く話す」と「選ばれる」は、イコールではない。
選ばれている人は全員、自分のストーリーを語っていました。
スペックじゃない。正論じゃない。テクニックでもない。
「なぜ、それをやっているのか」を、自分の体験から語れるかどうか。
これを体系化したのが「共感ストーリー」というメソッドです。
作り方は、たった4ステップ。
1. 掘り起こす(感情グラフを描く)
2. ゴールから逆算する
3. 組み立てる(体験→感情→気づき→行動→結果)
4. 声に出して読む
谷底の経験こそが、最強のネタ。
私のダメOL時代がそうだったように、あなたの「一番辛かった経験」が、誰かの心を動かす力を持っています。
話し方の究極は、「聴き方」だった
もう一つ、20年のアナウンサー人生で学んだことがあります。
新人時代、インタビューで大失敗しました。自分の質問ばかりぶつけて、相手の話を全然聴いていなかった。
ベテランのカメラマンに言われたんです。
「公子ちゃん、インタビューはキャッチボールだよ。自分のボールばかり投げてたら、誰も話してくれなくなるよ。」
この言葉が、私のコミュニケーション観を変えました。
話し方の究極は、聴き方。
主役を相手に移した瞬間に、あなたが「選ばれる人」になるんです。
90秒で「共感ストーリー」のエッセンスを聴く
Voicy Ep.1「上手く話しても、選ばれない理由」を聴く
あなたの凸凹は、そのままで価値がある。
もし、ここまで読んで「自分にもできるかもしれない」と少しでも思ったなら——
共感ストーリーの作り方を、4ステップで解説した小冊子を作りました。
3つのワーク付き。読み終わる頃には、あなただけのストーリーが完成しています。
松下公子 / (株)STORY / STORYアナウンススクール