『AIと仲良くなる練習』全文チェック

TADATCHI BOOK — FULL TEXT REVIEW

AIと仲良くなる練習
苦手を隠さず、対話して、みんなで試す

全文チェック用ページ(62,718字)|著: ただっち(多田啓二)

🔒 このページはチェック用の限定公開です。URLの転送・転載はご遠慮ください。ご本人の承認が終わるまで外部公開はしません。

AIと仲良くなる練習

苦手を隠さず、対話して、みんなで試す

著: ただっち(多田啓二)


はじめに うまく話せないまま、始めていい

AIを開いたまま、何も入力できずに閉じたことはありますか。

聞きたいことはある。でも、どう頼めばいいか分からない。ちゃんとした文章にしなきゃいけない気がする。変な答えが返ってきたら、「やっぱり自分には向いていない」と思ってしまう。

もし心当たりがあるなら、まず伝えたいことがあります。

うまく話せないまま、始めて大丈夫です。

僕はいま、AIについて人に伝える仕事をしています。でも、AIの専門家として始めたわけではありません。もともとはAIと無関係なところにいました。企画をゼロから形にすることや、セミナーの資料を作ることにも苦手意識があって、人に教える側へ行きたいと思いながら、長くサポート側にいました。

だから、この本は「最初からAIが得意だった人の成功談」ではありません。

もっと言えば、AIを使えば何でも一発でうまくいった、という話でもありません。思ったものが出てこなくて、使っていた方法を諦めたことがあります。別の方法へ移り、最後は自分の手で仕上げたこともあります。分からない質問には、その場で格好をつけず、調べてから返すこともあります。

それでも僕がAIとの対話を続けてきたのは、正解を出してくれるからだけではありません。

話しているうちに、頭の中でふわふわしていたものが少しずつ形になったからです。「僕は何をしたいんだろう」「どこで止まっているんだろう」と言葉にして外へ出すと、自分一人では見えなかったものが見えてきました。

AIと仲良くなることは、何でも任せることではないと僕は思っています。

友だちに話すように、分からないと言う。返ってきた答えに、そこは違うと返す。うまくいかなければ、別のやり方を一緒に考える。ときには人にも頼る。最後に選ぶのは自分です。

そうやって対話を重ねていると、AIの使い方だけでなく、自分の言葉も少しずつ育っていきます。

あなたはいま、AIに何を頼めばいいか決まっていますか。

決まっていなくても大丈夫です。むしろ「決まっていない」が、最初の話題になります。

この本では、僕のきれいな成果だけを並べません。企画が固まらなかったこと、ツールの前でつまずいたこと、初めてのライブ配信を短い時間で閉じたこと、失敗を外へ出すのが怖かったことも扱います。

失敗を見せたいわけではありません。できなかった場所が分かると、次に何を聞けばいいかが見えてくるからです。そして、自分のつまずきを誰かに話すと、それが同じところで止まっていた人の安心になることがあるからです。

この本を読み終える頃、難しいプロンプトを何十個も覚えている必要はありません。

その代わり、五分から十五分だけAIと話してみる。「うまく説明できないけれど」と始めてみる。画面のどこで止まったかを見せて、最初に確認することを聞いてみる。返ってきた言葉に、一度だけ自分の違和感を返してみる。

そのうち一つができたら、もう十分です。

読み進めるときも、全部を一度に実行しなくてかまいません。気になった問いで立ち止まり、あなたの言葉を一つだけAIへ渡してみてください。

一人では続けにくいと感じたときのために、本の最後には、ただっちからの案内を確認できる入口も置いています。今ここで何かを決める必要はありません。まずは、この本の中で一緒に試してみましょう。

では、最初のひと言から始めます。

「何を聞けばいいか、まだ分かっていません」

AIとの対話は、そこからでも始まります。


第1章 AIと無関係だった僕

AIを使っている人を見て、「あの人は、もともと機械が得意なんだろうな」と思ったことはありませんか。

新しい機能を紹介して、画面を見せながら説明して、質問にも答えている。そんな姿だけを見れば、最初からこちら側の人だったように見えるかもしれません。

いまの僕も、そう見られることがあります。

でも、僕はもともと法人の営業をしていて、AIとはまったく無関係な世界にいました。いまはAIについて人に伝えていますが、最初から専門家だったわけではありません。

ここは、少し丁寧にお話ししたいところです。

「AIができなかった僕が、努力して何でもできる人になりました」という、きれいな成長物語にしたいわけではないんです。僕には営業や、人と話すことや、人同士をつなぐことの経験がありました。逆に、細かな書類やゼロから企画を作ることには、止まりやすいところがありました。

できることもあった。できないこともあった。

そして、AIについては専門外だった。

出発点は、そのくらいでいいんじゃないかなと思います。

あなたも、AIを始めるために、自分を何もできない人にしなくて大丈夫です。これまで仕事や暮らしの中で身につけてきたものは、そのまま持っていていい。知らない部分だけ、「ここは分からない」と言えばいいんです。

AIの前にも、僕の暮らしはあった

僕は長野県飯田市に住んでいます。飯田は焼肉の街として知られています。

焼肉とAIに何の関係があるのか。うーん、いきなり脱線したように見えますよね。

でも、僕にとってはけっこう大事な話です。

僕の暮らしは、AIが登場したところから始まったわけではありません。人と話し、仕事をし、家族と暮らしてきた時間が先にあります。子どもが三人いて、家にはワンコもいます。パソコンの中だけで生きているわけではないんです。まあ、これは言われなくてもそうですよね。

飯田で焼肉の網を囲むように、人と人が同じところへ集まって話す。その時間のほうが、僕にはもともとなじみがありました。

前の仕事でも、僕は人と仲良くなるのが好きでした。競い合う相手のはずの会社の人とも、気づけば仲良くなってしまう。ライバルを倒して勝ち上がるより、「一緒にやれそうですね」と言って、仲間を増やしていくほうが僕には合っていました。

ぐいぐい先頭に立って、全員を引っぱるのが得意だったわけでもありません。誰かが「こんなことをやってみたい」と言ったときに、「じゃあ、一緒にやってみようか」と隣へ行く。そちらのほうが好きでした。

いま振り返ると、その性格はAIとの関係にもつながっています。

ただし、そのときの僕が将来を見通して、「この対話力はAI時代に役立つぞ」と考えていたわけではありません。そんな格好いい伏線はありませんでした。法人営業の世界にいた僕にとって、AIは自分の仕事や役割とまだ結びついていなかった。それが、確認できる出発点です。

だから、もしあなたがいま、「自分の仕事はAIと関係がない」と感じていても、それだけで入口が閉じているわけではありません。

経理でも、介護でも、子育てでも、営業でも、ものづくりでも、その人が積み重ねてきたものがあります。AIと仲良くなるときに持ち込めるのは、機械の知識だけではありません。誰かの話を聞いてきたこと。失敗して言い直したこと。自分なりの好き嫌い。なぜか気になってしまうこと。

そういうものも、ちゃんと会話の材料になります。

「世の中が変わる」と聞いても、すぐには自分の話にならない

僕がChatGPTのことを強く意識する入口には、これから世の中を変えていくものになる、という話を聞いたことがありました。

大きな話ですよね。

世の中が変わる。仕事が変わる。できることが増える。

でも、大きな言葉を聞いたからといって、その瞬間に「はい、分かりました。今日から使いこなします」とはなりません。

少なくとも、僕の話をそういう一場面にまとめるのは違うと思っています。最初に使った正確な日や、最初に入力した一文を、僕はいまここで物語らしく作ることはできません。

言えるのは、AIとは無関係だったところから、対話するほうへ入っていったことです。

ここで「勉強した」と書くより、「話した」と書くほうが、僕の感覚には近いんです。

もちろん、使い方を調べることもありました。新しい機能を知ることも面白い。でも、入口で僕を引っぱったのは、資格試験のように知識を覚えることだけではありませんでした。

AIへ言葉を渡すと、言葉が返ってくる。

返ってきたものを見て、また話す。

そのやりとり自体が面白かったんです。

人と会話するのが好きだった僕にとって、AIとの対話は、機械を操作するというより、知らない相手と少しずつ関係をつくっていくことに近かったのかもしれません。

初対面の人と仲良くなるときも、相手の経歴を全部覚えてから話し始めるわけではありませんよね。

「どこから来たんですか」

「今日は何を話しましょうか」

そんな一言から始まります。

AIに対してだけ、最初から百点の自己紹介と、完璧な依頼書を出さなければならない。そう考えると、急に入口が重くなります。

専門家のふりをせずに、人前へ出る

AIについて人へ伝えるようになったあと、僕はある場で自己紹介をするときに、自分は専門家として始めたのではない、と話しています。

これは、謙遜して好感を持ってもらうための一言ではありません。

僕の歩みを短く説明しようとすると、そこを外せないんです。

AIとは無関係なところにいた。対話を始めた。面白くなった。気づけば、その面白さを人へ伝える活動をしていた。

この順番でした。

「教える側」という言葉だけを見ると、知識が十分にたまった人が、準備を終えて壇上へ上がったように聞こえます。でも僕の場合は、試している途中のものも持って人前へ出ていました。

新しい機能を紹介する日も、自分が全部を理解しているとは言いません。まだ触り切れていないところがあれば、その範囲を伝える。詳しい人がいれば、一緒に話を聞く。面白そうなものがあれば、みんなと実験する。

先生というより、先に触ってみた人が「ここ、面白かったですよ」と振り返って声をかける感じです。

もちろん、人へ伝える以上、確認せずに言い切っていいわけではありません。分からないものを分かったふりで説明すれば、聞く人を迷わせます。

だからこそ、専門家のふりをしないことが大事でした。

「ここまでは試した」

「ここからは、まだ分からない」

この境目を出しても、対話は終わりません。むしろ、同じ入口にいる人は少し安心できます。

僕自身がそうでした。何でも知っている人の説明はすごい。でも、あまりに遠い場所から話されると、「自分はそこまで行けない」と感じることがあります。

反対に、少し先でつまずいた人が「ここで止まりました」と教えてくれると、自分が止まってもおかしくないと分かります。

あなたがAIを使い始めるときも、誰かに説明できるほど詳しくなる必要はありません。

今日触った機能が一つなら、「今日はこれを触った」で十分です。分からなかったなら、「ここが分からなかった」と言える。その言葉は、同じところで止まる誰かにとって、立派な道しるべになります。

僕も、AIと話し始めた時点で、機能の全体図を理解していたわけではありません。いまでも、新しい道具や機能が次々に出てくると、追いつけていないと話すことがあります。人へ説明する側になっても、「全部触り切れているわけではない」と前置きすることがあります。

それは、ちょっと頼りなく見えるかもしれません。

でも、全部を知ってから始める条件にしてしまったら、変化の速いAIとはいつまでも話し始められません。覚えた頃には、また次の機能が出ています。焼肉でいえば、メニューを最初から最後まで暗記しているうちに、網の上のお肉が焦げてしまうようなものです。

先に一枚、焼いてみる。

AIも、それくらいでいいんじゃないかなと思います。

一発で決めるより、キャッチボールが楽しかった

AIの使い方を見ていると、長くて精密な指示を一度で入れ、完成品を一発で出す方法があります。うまく決まると、たしかに格好いいです。

僕も、そういう使い方を否定しているわけではありません。

ただ、僕自身が楽しいと感じたのは、AIとキャッチボールをするほうでした。

質問をしてもらう。僕が答える。その答えを受けて、また問いが返ってくる。こちらも「そうじゃない」「もう少しこうしたい」と返す。

お互いに少しずつ材料を出しながら、作りたいものへ近づいていく。

人との会話が好きな人なら、この感覚は分かってもらえるかもしれません。反対に、人と話すのが得意でないと感じる人にも、AIとの会話なら試しやすいことがあります。返事に困って少し黙っても、相手の顔色を読んで慌てなくていい。言い直してもいい。途中で閉じて、また開いてもいい。

会話が上手かどうかより、次の一言を返せるかどうかです。

僕はもともと、人とコミュニケーションを取ることが好きでした。これは、AIと出会う前から持っていたものです。AIが僕にまったく新しい人格を与えたわけではありません。

むしろ、もともと好きだった「一緒に話しながら作る」という動きを、AIとの間でもできると気づいた。それが、関係が近くなっていった理由の一つだと思います。

ここには、あなたにも持ち込めるものがあります。

あなたは、何をしているときなら、つい話が長くなりますか。

好きな料理でしょうか。仕事でこだわっていること。子どものこと。ワンコのこと。最近ちょっと腹が立ったことでもいい。

AIの話題を用意しなくても大丈夫です。あなたがすでに持っている話題を、AIへ持っていけばいいんです。

「詳しく説明できないけれど、これが気になっている」

そのくらいの一言でも、会話は始まります。

機能が多いほど、迷子にもなる

AIの画面には、いろいろな機能があります。

文章を作る。画像を作る。調べる。資料を作る。音声で話す。画面を見せる。名前を聞いただけでは何をするものか分からない機能も、どんどん増えていきます。

できることが増えるのはワクワクします。でも、入口にいる人から見れば、選択肢が増えたぶんだけ「どれを使えばいいの」と迷うこともあります。

僕は、人へAIを紹介するようになってからも、その迷子を何度も見てきました。そして自分も、すべてを触れているわけではありません。

実際、新しい道具の話題で、自分も使い方の迷子になっていると話したことがあります。教える側へ回ったあとも、知らない画面の前では普通に止まるんです。

ある朝の配信でも、機能が多すぎて何を使えばいいのか分からない人がいるだろうと考え、まず基本をおさらいするところから話を始めています。

その場には、すでに使っている人もいます。これからの人もいます。全員に同じ難しさで話せば、どちらかが置いていかれます。

僕は、すでに使っている人には復習として見てもらい、これからの人には入口として受け取ってもらうことにしました。そして、自分にも触れていない部分があると伝えました。

考えてみれば、ちょっと不思議です。

AIを紹介する配信なのに、紹介する本人が「全部は触っていません」と言うんですから。

以前の僕なら、人前に立つなら、もっと準備が必要だと思ったかもしれません。あれも知って、これも試して、質問が来ても困らないようにしてから始めたい。

でも、AIの変化を追いかけていると、準備の終わる日はなかなか来ません。

そこで、全部を教える場ではなく、一緒に現在地を確かめる場にする。

「今日は、ここを見てみましょう」

そうやって範囲を小さくすれば、知らないものが残っていても進めます。

この方法は、これからAIを触るあなたにも使えます。

一つの画面、一つのボタン、一つの困りごと。今日の範囲をそこまで小さくしてみてください。

AI全体を理解する必要はありません。今日の自分が見られる範囲を一つ決めればいいんです。

ここで、以前の僕を「何も知らなかった人」、いまの僕を「何でも知っている人」に分けると、事実から遠くなります。

以前はAIと無関係だった。

対話が楽しくなった。

いろいろ試すようになった。

人に伝えるようになった。

それでも、知らないものは残っている。

この並びのほうが、僕にはしっくりきます。

知らないことが残っているのは、失格ではありません。何が分からないかに気づいたら、次に聞くことができます。

あなたも、AIの機能一覧を見て閉じたことがあるかもしれません。「多すぎて面倒だ」と感じたかもしれない。

それは、あなたにセンスがない証拠ではありません。入口がたくさん並びすぎて、どこから入るか決められなかっただけかもしれません。

だったら、今日使う入口を一つにしてしまいましょう。

文章を打つ欄か、音声で話すボタンか。どちらか一つで十分です。

ほかの機能は、今日は知らなくてかまいません。

「まず遊ぶ」は、ふざけることではない

僕は、計画して、実行して、検証するという流れの最初を、「遊ぶ」と考えることがあります。

まず遊んでみる。それから実行して、どうだったかを見る。

こう言うと、仕事なのに遊んでいいんですか、と感じる人もいるかもしれません。

うーん、遊ぶというのは、無責任に扱うことではありません。

最初から成果を求めすぎず、触って反応を見ることです。失敗できない本番にいきなり使うのではなく、困らない小ささで試す。出てきた答えを見て、「これは違うな」と笑えるくらいのところから始める。

僕も、AIに触れるたび、全部が思いどおりになったわけではありません。むしろ、思いどおりにならないから、また言葉を返しました。

遊ぶ余白がないと、一回の変な答えが最終判定になります。

「やっぱり使えない」

「やっぱり自分には無理だ」

そこで終わりやすくなります。

でも、実験だと思っていれば、「この聞き方だと、こう返るのか」と一歩だけ離れて見られます。

赤ちゃんやワンコが、最初から正しい遊び方の説明書を読んでいるわけではありません。触って、近づいて、ちょっと失敗して、またやります。

もちろん、僕たちが仕事の情報や個人情報を何でもAIへ入れていい、という話ではありません。大事な情報は守る。答えも確かめる。その注意は必要です。

そのうえで、失敗しても困らない話題を一つ選び、反応を見る。

それなら、今日からできます。

AIに詳しくなる前に、関係は始められる

振り返ると、僕はAIの知識を全部そろえてから対話へ入ったのではありません。

無関係だった世界から、面白そうだと近づいた。話してみた。言葉が返ってきた。もう一度返した。そうしているうちに、AIとの距離が縮まっていきました。

やがて人に伝える側へ回りましたが、最初からそこを計画していたわけではありません。

だから、この章を「専門外の人でも、努力すれば専門家になれる」という結論にはしたくないんです。

専門家になることを目標にしなくても、AIとの関係はつくれます。

仕事を速くしたい人もいるでしょう。自分の考えを整理したい人もいる。子どもと一緒に遊べるものを探したい人も、晩ごはんの案を相談したい人もいるかもしれません。

入口は、その人の暮らしの数だけあります。

僕の入口は、対話の楽しさでした。

あなたの入口は、まだ名前がついていないだけかもしれません。

そして、その入口には、あなたがAIと出会う前に生きてきた時間がつながっています。

営業の経験があるなら、相手の困りごとを聞く力があるかもしれません。料理が好きなら、材料を見て組み合わせる感覚がある。子育てをしてきたなら、同じ説明が相手によって通じたり通じなかったりすることを、もう知っているかもしれません。

どれも、AIの資格欄には書かれない力です。

でも、対話では役に立ちます。

返ってきた答えを見て、「この人には伝わらないな」と感じる。材料が足りないと気づく。別の言い方を試す。待つ。聞き返す。

あなたは、そういうことをすでに暮らしの中でやってきたのではないでしょうか。

AIを始めることは、これまでの自分を捨てて、機械に強い別人になることではありません。

自分が持っている経験を、対話の中へ一つずつ持ち込むことです。

僕も、法人営業の世界にいたこと、人と話すのが好きだったこと、誰かの「やりたい」に一緒に乗るのが好きだったことを、そのまま持ってAIの前へ行きました。

そう考えると、「自分には何もない」は少しだけ言い直せます。

まだAIに渡していないものがある。

それだけかもしれません。

知らないなら、知らないまま近づいていい。

怖いなら、怖いと伝えていい。

面倒なら、何が面倒なのか一つだけ話していい。

ここまで読んだ時点で、あなたはもう、自分がAIのどこで止まりやすいかを少し考えています。それは「まだ使えていない」ではなく、入口を探し始めたということです。

5〜10分でできる章末ワーク AIとの距離を三つの言葉にする

ここで、AIをうまく使おうとしなくて大丈夫です。

まず、紙かスマートフォンのメモを開いてください。AIの入力欄でもかまいません。

「AI」と聞いたときに浮かぶ気持ちを、三語以内で書きます。

たとえば、こんな言葉です。

– 知らない
– 怖い
– 面倒
– 面白そう
– 置いていかれそう
– 何を聞くのか分からない

例と違っていて大丈夫です。前向きな言葉に直す必要もありません。

書けたら、その中から一つだけ選びます。

次にAIを開き、こう話してみてください。

「AIに対して『○○』と感じています。最初に五分だけ試すなら、何を話せばいいですか。僕に一つだけ質問してください」

返事が来たら、全部を読んで実行しなくてもかまいません。質問に一回答えるだけで終わって大丈夫です。

もしAIをまだ開きたくなければ、メモに三語を書くだけで今日のワークは終わりです。

できなかった、ではありません。

自分とAIの距離を見つけた。それが今日の一歩です。

僕も、AIとは無関係だったところから始まりました。知らない機能はいまもあります。それでも、対話は始められました。

では次に、何をどう話せばいいのでしょうか。

立派な指示を用意する必要があるのか。

それとも、もっと雑なひと言でもいいのか。

次の章では、検索するように一回答えをもらう使い方から、会話を続ける使い方へ移っていきます。


第2章 正しい指示より、雑なひと言

AIへ質問しようとして、入力欄の前で文章を何度も直したことはありませんか。

「もっと具体的に書かないと伝わらないかな」

「失礼のない文章にしたほうがいいのかな」

「そもそも、この頼み方で合っているのかな」

そうやって整えているうちに、まだ一文字も送れない。

もし心当たりがあるなら、ちょっと肩の力を抜いて大丈夫です。

AIとの会話は、完成した指示からしか始められないわけではありません。

僕は、言葉に詰まりながら話してもいいと伝えています。「えー」とか「あー」とか、考えている途中の音が入ってもかまいません。雑でもいいから、まず話してみる。

こう書くと、プロンプトなんて勉強しなくていい、と言っているように聞こえるかもしれません。

うーん、そこまで言い切りたいわけではないんです。

目的や条件を詳しく伝えたほうが、答えが合いやすくなる場面はあります。大事な仕事では、事実の確認も必要です。

ただ、最初のひと言まで完璧にしようとして止まるなら、順番を変えてみてほしいんです。

先に話す。

足りないところは、あとで聞いてもらう。

違ったら、言い直す。

正しい指示を一回で出すより、そのほうが対話は始まりやすくなります。

検索しても、「僕の場合」が分からなかった

何か分からないことがあると、検索しますよね。

僕も、情報を調べるときには検索や動画を使ってきました。そこには、たくさんの答えがあります。詳しい解説も、手順も、比較も見つかります。

それでも困ることがあります。

情報はあるのに、「では、自分の場合はどれを選ぶのか」が分からないんです。

たとえば、「発信を始める方法」と検索すれば、毎日投稿する方法、動画を使う方法、長い文章を書く方法、短い文章にする方法が出てきます。

どれも間違いではないかもしれません。

でも、自分は人前で話すのが怖い。文章を書くと長くなりすぎる。毎日は続けられそうにない。仕事のことをどこまで出していいかも分からない。

そういう自分の事情までは、検索欄に並んだ答えから読み取れないことがあります。

動画も同じです。とても分かりやすい説明を見ても、画面や使っている環境が少し違えば、途中で止まることがあります。

「この説明は分かった。でも、僕の画面では次にどこを押すんだろう」

そこから、また別の動画を探す。

気づくと、調べるために開いたはずなのに、動画を何本も見て、最初の困りごとは残ったままです。

いやー、情報がないなら諦めもつきます。でも、情報がたくさんあるのに自分の答えが見つからないと、ちょっと迷子になります。

AIとの対話で僕が感じた違いは、個別に悩みを足せることでした。

一般的な答えが返ってきたあとに、こう言えます。

「僕は毎日続けるのが難しい」

「この画面が説明と違う」

「専門用語が分からない」

「選択肢が多いと止まるので、一つにしてほしい」

すると、会話が少しずつ「僕の場合」へ近づきます。

最初の答えが自分向けでなくても、それで失敗ではありません。違いが見えたので、次に伝える材料ができています。

検索は、答えを探しに行く動きです。

対話は、答えを一緒に自分へ近づけていく動きです。

僕は、この違いに助けられました。

文章にする前の声を、そのまま渡す

入力欄を見ると、なぜか文章を完成させたくなります。

主語を書いて、説明を足して、誤字を直して、最後に「よろしくお願いします」とつける。もちろん、それが悪いわけではありません。

でも、頭の中がまだ整理できていないとき、その作業が入口を遠くすることがあります。

僕が初心者の方へ話すときは、AIを人だと思って話してみることを勧めています。

人に相談するとき、最初から全部を整えて話せるでしょうか。

「あの、ちょっと相談なんですけど」

「うまく言えないんですが」

「何から説明したらいいのか分からなくて」

そんな始まり方もありますよね。

途中で「違った」と言い直すこともあります。話しながら、自分が何に困っていたのか気づくこともあります。

AIにも、その途中を渡せます。

音声入力なら、考えている間の言いよどみが入ることもあります。きれいな文章には見えません。でも、話した内容を材料にして、AIへ整理を頼むことができます。

たとえば、こんな始め方です。

「うまくまとまっていないので、いまから思いつくまま話します。最後に、僕が困っていることを一つに整理してください」

これなら、相談内容を整理してから話すのではなく、整理するところから相談できます。

大切なのは、言いよどみを格好よく見せることではありません。書籍だからといって「えー」「あー」を全部並べたら、読む人も疲れてしまいます。話すときは雑でいい。あとで必要な形に整えればいいんです。

僕も、話した言葉をそのまま完成品にはしません。

AIにまとめてもらったものを見て、「ここは違う」「この言葉は僕らしくない」と返します。整った文章が出たから終わりではなく、そこから自分の言葉へ戻していきます。

最初は雑に出す。

次に見て選ぶ。

最後に自分で確かめる。

この順番なら、入口で百点を取らなくてすみます。

質問が作れないなら、質問してもらう

AIへ何を聞けばいいか分からない。

この状態も、そのまま相談できます。

僕は、企画を考えるとき、AIにインタビュアーになってもらう使い方をしています。

たとえば、何か月か続くプログラムを作りたいとします。最初から全体の構成を指示しようとすると、誰に届けるのか、何を目指すのか、最初の月に何をするのか、決めることがたくさんあります。

頭の中に思いはある。でも、順番がまだない。

そこで、完成した企画を頼む前に、「僕に質問してください」と伝えます。

どんなことをやりたいのか。

誰と一緒にやりたいのか。

終わったとき、どうなっていてほしいのか。

一問ずつ聞いてもらい、僕が答える。それをいったん整理してから、全体の流れを考えてもらう。

この使い方の面白いところは、質問を考える仕事まで、一人で抱えなくていいことです。

相談したいのに、相談内容が決まっていない。

そのとき人へ「何から話せばいい?」と聞くことがありますよね。AIにも同じように頼めます。

ただし、AIが聞いた質問に全部答えなければならないわけではありません。

分からなければ、「分からない」と返していい。答えたくないことなら、「それは答えずに進めたい」と言っていい。質問が広すぎるなら、「もっと答えやすくして」と頼めます。

インタビュアー役を任せても、主導権まで渡す必要はありません。

あなたが話せる範囲で、一問ずつ進めれば大丈夫です。

画面でつまずいたら、画面を相談材料にする

言葉だけでは説明しにくい困りごともあります。

僕自身、ある機能へ入ろうとして、ログインに関係するような画面でつまずいたことがありました。

何が起きているのか、文章で説明しようとしても難しい。表示されている言葉を全部書き写すのも大変です。どこが問題なのか自分で分かっていないので、検索する言葉も決まりません。

そこで、画面のスクリーンショットを撮り、AIへ見せながら相談しました。

画面に出ているものを材料にして、次にどこを確認するかを聞く。そのやりとりで、止まっていたところを進めることができました。

この体験から僕が持ち帰ったのは、特定の機能の攻略法ではありません。

「説明できないなら、見えている状態を見せてもいい」ということです。

困りごとを正しく言葉にできないと、質問してはいけない。そう思うと、一人で画面を見続けることになります。

でも、分からない画面そのものが相談の材料になります。

僕は別の場でも、操作が分からなかったとき、まずスクリーンショットを撮って相談しながら進めたと話しています。

つまり、たまたま一度うまくいった裏技というより、止まったときに使う動作の一つになっていきました。

もちろん、ここには注意があります。

スクリーンショットには、名前、メールアドレス、会社の情報、顔写真、決済情報などが写ることがあります。そのまま見せず、必要のない部分は隠してください。仕事の機密や、他の人の個人情報を勝手に渡してはいけません。

AIの説明が、自分の画面や正式な案内と合っているかも確かめます。お金や契約、大切なデータに関わる操作なら、分からないまま進まず、人や公式の窓口へ確認することも必要です。

AIに相談することは、確認を省くことではありません。

次に確認する場所を一つ見つけることです。

あなたが画面の前で止まったなら、それは能力が足りない証拠ではありません。

どの画面で止まったかが分かった。

言い直すと、相談に使える材料が一つできたということです。

一文だけでも、反応を見られる

僕がAIの画面を見せながら紹介していると、短い一文だけを材料にして、いくつかの案が出てくることがあります。

最初から長い指示を書かなくても、すでにある案内文を渡したり、作りたい雰囲気を一つ伝えたりすると、AIがたたき台を返してくれる。

そこから「もう少しシンプルに」「色を落ち着かせて」と調整できます。

一文だけで出たものが、そのまま完成品になるとは限りません。むしろ、最初の案を見てから気づくことがあります。

「思っていたより派手だな」

「もっとやさしい感じがいい」

「そもそも、伝えたい相手が違うかもしれない」

何もない画面を見ながら考えるより、たたき台があると違いを言いやすくなります。

僕は、同じ指示を使っても、人によって出てくるものや選ぶものが違うと感じています。

AIが全部を決めるのではありません。出てきたものから何を選ぶか。どこに違和感を持つか。普段、自分が何を見て、何を感じているかが返ってきます。

だから、正しい一文を当てるゲームにしなくていいんです。

一文を投げる。

返ってきたものを見る。

違いを一つ返す。

この三つで、対話になります。

ある場で、僕はその日の案内文を材料に、画像の案を作る様子を見せたことがあります。

最初に入れたのは、長い呪文のような指示ではありません。すでにあった案内の文章を使いました。すると、いくつか違う雰囲気の案が出てきました。

その場で見比べると、カラフルなものもあれば、少し落ち着かせたいものもあります。

そこで初めて、「もっとシンプルに」「もう少しおしゃれに」と返せます。

もし、何も見ないまま「理想の雰囲気を完璧に説明してください」と言われたら、僕も困ります。

色の名前、配置、見る人の印象、文字の大きさ。考えることが多すぎます。

でも、一度目の案が目の前にあれば、好きか嫌いか、近いか遠いかは感じられます。

この順番は、画像づくりだけの話ではありません。

メールの文章でも、予定表でも、企画の名前でも同じです。

「まず二案ください」

それだけで始め、見てから違いを返す。

一回目を正解にするのではなく、一回目を会話の材料にするんです。

僕は、紹介した道具をその場で触って終わりにせず、もう一度自分でも触り、次はみんなと一緒に使ってみようとすることがあります。

一度見ただけで分かったことにしない。触る。もう一度見る。ほかの人と試す。

人へ伝える側でも、この繰り返しです。

だから、あなたが一回でうまくできなくても、それは遅れているわけではありません。

一回目で、次に何を言うかが見えたなら、対話はちゃんと進んでいます。

「分からない」を、もう一段だけ小さくする

雑に話していいと言われても、「分からないものは分からない」と感じることがあります。

そうですよね。

何を聞けばいいか分からない人に、「何でも聞いてください」と言っても、それだけでは広すぎます。

そんなときは、AIに答えを出してもらう前に、「分からない」を小さくしてもらいます。

たとえば、メールを書けないとします。

いきなり「メールを書いて」と頼む前に、こう話せます。

「メールを書きたいのですが、何を伝えるべきか整理できていません。最初に、相手について一つ質問してください」

AIが相手を聞いたら答える。

次に、「今度は目的を一つ質問してください」と頼む。

一問ずつなら、自分の中にあるものを探しやすくなります。

予定を決められないときも同じです。

「今日の予定が決まりません。締め切り、体力、必要時間のうち、最初に一つだけ確認してください」

こうすると、AIがたくさんの助言を一度に並べるのを防ぎやすくなります。

僕たちは、答えがないから止まっているとは限りません。

質問が大きすぎて、どこから答えればいいか分からないことがあります。

「将来、どうなりたいですか」と急に聞かれたら、僕も言葉に詰まることがあります。

でも、「明日の朝、今より一つ楽になっていたいことは何ですか」なら、答えが出るかもしれません。

問いを小さくすると、答えやすくなる。

答えられた自分を見て、次の問いへ進める。

ここで大事なのは、AIが優秀だから全部を引き出してくれる、と期待しすぎないことです。見当違いの質問が来ることもあります。

そのときは、質問にも注文できます。

「それはまだ難しいです」

「もっと具体的に聞いてください」

「はい、いいえで答えられる質問にしてください」

この返事も、立派な対話です。

答えられない自分が悪いのではありません。いまの自分に合う大きさへ、問いを調整しているんです。

行き先は、だいたいでもいい

雑に話していいと言うと、目的は何もなくていいのか、という疑問も出てきます。

僕は、方向だけは置いてみることがあります。

たとえば、北海道へ行きたいのか、沖縄へ行きたいのか。そのくらい大きな方向です。

途中で違和感が出たら、変えてもいい。北へ向かおうとしていたけれど、やっぱり南へ行きたいと気づくこともあります。

最初から細かな道順を全部決める必要はありません。でも、どちらへ近づきたいかが少しあると、AIも質問を返しやすくなります。

ここでも、決められない自分を責めなくて大丈夫です。

「行き先が決まっていないので、候補を二つにする質問をして」

そう頼めば、方向を決める対話から始められます。

仕事の企画なら、「売上を増やしたい」より前に、「いま誰の何を助けたいか」を聞いてもらう。暮らしの相談なら、「理想の一日が分からないので、朝から順に質問して」と頼む。

自分がまだ持っていない答えを、持っているふりで書かなくていいんです。

いま分かっている範囲を渡す。

分からない部分は、問いに変えてもらう。

それが対話の入口になります。

雑に始めても、雑に終わらせない

ここは大事なので、もう一度お伝えします。

最初のひと言は、雑でかまいません。

でも、返ってきた答えを確かめず、そのまま使うこととは違います。

AIは、もっともらしい言葉で間違うことがあります。こちらの意図を勘違いすることもあります。文章をきれいに整えてくれても、自分が言いたくないことまで足す場合があります。

だから、最後は自分で見ます。

事実は合っているか。

自分の考えと違わないか。

誰かを傷つける書き方になっていないか。

大事な決定をAIだけに任せていないか。

雑に始めるのは、責任まで雑にするためではありません。

会話を早く始め、そのぶん何度も確かめるためです。

AIとの対話では、こちらが使う言葉も少しずつ変わります。

最初は「いい感じにして」としか言えなかったものが、一度目の答えを見て、「子どもにも伝わる言葉にしたい」と言えるようになる。

二度目を見て、「幼すぎるのではなく、難しい言葉だけ減らしたい」と言えるようになる。

三度目には、「短くしたいけれど、この気持ちは残したい」と、自分の基準が見えてきます。

AIへ正しい言葉を渡せるようになったというより、対話の中で、自分が何を大事にしているかが分かってきたんです。

僕は、この過程が面白いと思っています。

一回目の雑なひと言には、まだ輪郭がありません。でも、返事を見て違和感を伝えるたび、輪郭が少しずつ出てきます。

粘土を一度で完成させるのではなく、手でこねながら形を見るようなものです。

AIが全部を作り、僕たちは受け取るだけではありません。

AIが出したものを見て、自分の手をもう一度入れる。

その手間が残っているからこそ、自分のものになります。

僕は、一発で完成させるより、キャッチボールをしながら作るほうが好きです。返ってきたものに違和感があれば、その違和感も材料にします。

あなたがAIの答えを見て「何か違う」と思ったなら、その感覚を捨てないでください。

まだうまく説明できなくても、こう返せます。

「何が違うか言葉にできません。僕に二つ質問して、違いを一緒に探してください」

違和感を持てた時点で、あなたは答えを丸のみしていません。

ちゃんと対話に参加しています。

道具を選ぶより、相談の動作を覚える

AIの名前や機能は、次々に変わります。

今日便利だった場所が、明日は別の位置に移るかもしれません。新しい道具が出て、前に覚えた手順が古くなることもあります。

だから、この章で覚えてほしいのは、特定のボタンの場所ではありません。

雑でも話す。

一問だけ聞いてもらう。

画面で止まったら、安全を確認して見せる。

返ってきたものに、違いを一つ返す。

この動作は、道具が変わっても使えます。

全部を覚えようとすると、また迷子になります。まず一つのAIを開き、この四つのうち一つだけ試してみてください。

何を使うかを決める前に、何を相談したいかも決まっていない。そんな日もあります。

その日は、「今日は何を相談するか、一緒に決めて」と話せばいいんです。

入口を探すことまで、対話にできます。

5〜15分でできる章末ワーク 30秒だけ話してみる

ここで、音声入力を使った小さな対話を一緒に試してみましょう。

仕事でも暮らしでも、いま少し困っていることを一つ選びます。大きな悩みでなくてかまいません。

たとえば、次のようなものです。

– 今日やることの順番が決まらない
– メールの書き出しで止まっている
– 週末に何をするか家族と相談したい
– 使っている画面の見方が分からない

AIの音声入力を開き、30秒だけ、思いつくまま話します。

最初に、こう伝えてください。

「まだ整理できていません。いまから30秒ほど話すので、最後に僕の困りごとを一つにまとめ、最初に確認することを一つだけ質問してください」

言いよどんでも大丈夫です。同じことを二回言ってもかまいません。

話し終えたら、AIがまとめた内容を見ます。

合っていれば、質問へ一回答えます。

違っていれば、次のどれかを返します。

– 「大事なのはそこではありません」
– 「もっと簡単な言葉にしてください」
– 「質問を一つだけにしてください」
– 「僕が決める前に、選択肢を二つ見せてください」

画面の操作で困っている場合は、個人情報や機密が写っていないことを確認してから、スクリーンショットを使ってもかまいません。

五分で一往復できたら終了です。話が進みそうなら十五分まで続けます。それ以上かかりそうなら、今日分かったことを一行だけ残して止めてください。

「困りごとは、メールの内容ではなく、相手への伝え方だった」

「操作ではなく、ログイン方法で止まっていた」

そんな一行が残れば、十分です。

上手に質問できたかどうかは採点しません。

雑なひと言を渡し、返ってきたものに一度返事をした。

それで、検索の一回回答から、対話の往復へ移っています。

ただ、話し始められても、まだ形にならないことはあります。

やりたいことがふわふわしている。案は出たけれど決められない。思ったものにならず、同じ指示を何度も足してしまう。

次の章では、僕自身が止まりやすかった企画のゼロから一や、うまくいかなかった道具との向き合い方をお話しします。

雑に話し始めたあと、どうやって自分の形へ近づけていくのか。

次は、そこを一緒に試してみましょう。


第3章 苦手は、対話すると形になり始める

やってみたいことはあるのに、形にならない。

そんな経験はありませんか。

頭の中には、ぼんやりとしたイメージがあります。人に届けたい思いもあります。でも、いざ企画書や資料にしようとすると、どこから決めればいいのか分からない。考えているうちに選択肢が増えて、最初の一歩がさらに重くなる。

僕にとって、企画をゼロからつくることは、まさにそこで止まりやすい仕事でした。

人に教えることをやってみたい気持ちはありました。それでも、講師のサポート側に回っている期間が長く、自分でセミナーの資料を作ろうとすると、なかなか前へ進めませんでした。

こう書くと、いまはすっかり克服したように見えるかもしれません。

うーん、そこまできれいな話ではないんです。

いまでも、最初から全部が見えているわけではありません。むしろ、見えていないまま話し始めることが増えました。

サポート側にいた時間も、僕の途中だった

講師のそばで支える仕事をしていると、完成した資料や、整った話し方を目にします。すると、自分が前に立つには、最初からその形をつくれなければいけないような気がしてきます。

少なくとも僕は、そこで手が止まりました。

伝えたいことが何もなかったわけではありません。人に教えることへの関心もありました。ただ、頭の中にあるものを企画に変え、順番をつけ、資料として見せるところに苦手がありました。やりたい気持ちと、形にする力の間に、見えない段差があったんです。

サポートをしている自分を、前へ出られていない自分のように感じることもあったかもしれません。でも、いま振り返ると、そこで相手の話を聞いたことや、どう伝わるかを近くで見たことまで無駄だったとは思いません。

ただし、見ているだけで僕の企画が勝手に完成するわけでもありませんでした。

ここが、ちょっと不器用なところです。材料はある。思いもある。人の企画を支えることもできる。それなのに、自分のゼロからの一枚になると固まらない。

あなたにも、似たことはないでしょうか。

人の相談には答えられるのに、自分のことになると決められない。仕事の作業はできるのに、「何をしたいですか」と聞かれると急に言葉が遠くなる。

それは、何も持っていないからではないと思います。もしかすると、持っているものがまだ並んでいないだけです。

僕に必要だったのは、立派な答えを先につくることではなく、その散らかった材料を外へ出せる相手でした。

答えをもらうより、考えを外へ出す

僕にとって大きかったのは、AIに完成した指示を渡すことではなく、話しながら固めていけると気づいたことでした。

それまでは、企画を頭の中だけで考えていました。「これでいいのかな」「あれも入れたい」「でも、こっちも大事だ」と考えているうちに、ふわふわしたまま終わってしまう。決めようとしているのに、考えるほど決まらないんです。

AIとの対話では、その途中をそのまま出せます。

たとえば、こんな三行からでかまいません。

– やりたいことは、なんとなくある。
– でも、誰に何を届けるかが決まらない。
– 最初に一つ決めるなら、何から考えればいい?

これは、立派なプロンプトではありません。話の途中です。

でも、途中だからこそ、AIが返してきた問いを見ながら考えられます。返ってきた案が違えば、「そこじゃない」と言えます。「もっと初心者向けに」「売る話より、まず安心してほしい」と返していくと、自分が大事にしたかったことが見えてきます。

AIが正解を知っていたというより、対話によって、僕の中にあったものが外へ出てきた。僕の感覚は、そちらに近いです。

一回でいい答えを出そうとすると、AIは試験の相手になります。途中を見せると、AIは考える相手になります。

あなたの入力欄はいま、きれいに整っていますか。それとも、まだ何も書けずにいますか。

もし空白なら、それは準備不足ではありません。最初の一行に「まだ整理できていない」と書ける状態です。

こだわりは、なくてもありすぎても進みにくい

企画には、もう一つ難しさがあります。

自分のこだわりが強すぎると、どの案も違って見えます。反対に、こだわりが見えないと、何を選んでも同じに見えて進みません。

僕も、ゼロからどう始めるのかを人に聞こうとしたことがあります。自分だけで答えを出すより、経験のある人が最初に何を見るのか、その入口を聞きたかったからです。

AIと話すことも、それに少し似ています。

「企画をつくって」と全部を渡すと、きれいだけれど自分から遠い案が返ることがあります。そこで終わると、「AIは僕のことを分かってくれない」と感じるかもしれません。

でも、AIはまだ、何を残して何を変えたくないのかを知りません。

だから僕は、答えに注文を足すだけでなく、自分へも問いを返してもらうようにします。

– 誰に一番届けたいのか。
– その人に、読み終えたあと何をしてほしいのか。
– この企画で、どうしても外したくないことは何か。

全部にすぐ答えられなくても大丈夫です。一つ答えると、次の一つが見えてきます。

たとえば「安心してほしい」と出てきたら、今度は「何に不安を感じている人だろう」と考えられます。「専門家らしく見せることは外してもいい」と分かれば、使わない言葉も決められます。

決まらない時間は、空回りだけではありません。

何を大事にしたいかがまだ混ざっている、と分かった時間です。

そう言い直すと、少しだけ自分を責めずにすみます。そして、混ざっているなら、一つずつ分ければいい。AIには、その分ける作業を手伝ってもらえます。

ゴールが見えないなら、現在地から話す

僕はAIの働きを、目的地へ向かうための高性能なエンジンやナビゲーションにたとえて話すことがあります。

でも、ここで僕自身が引っかかります。

目的地が明確なら、たしかにAIは行動の順番や道筋を出しやすい。ところが、ゼロから考えることが苦手なときは、その目的地が分からないんです。「ゴールを明確にしましょう」と言われて明確にできるなら、もうだいぶ進んでいます。

だから、目的地を決めてからAIを使おうとしなくてもいいと思っています。

まず現在地を話します。

「何をしたいか、まだ言い切れない」

「いくつか案はあるけれど、選ぶ基準が分からない」

「これを考えようとすると、いつもここで止まる」

現在地は、ゴールほど格好よくありません。でも、出発するには十分です。

AIから案が返ってきたら、自分の反応も現在地に加えます。気が進む。違和感がある。難しそう。これは誰かと一緒ならやれそう。そうやって言葉を足すと、ナビが示す道も少しずつ変わっていきます。

大事なのは、高性能なエンジンを持つことより、どこへ行くかをAI任せにしないことです。

迷っている自分も運転席にいていいんです。

つまずいた画面も、相談の材料になる

言葉で説明しにくいこともあります。

僕自身、ある機能を使おうとして、ログインのような画面でつまずいたことがありました。どこが問題なのか、うまく説明できない。そこで、画面のスクリーンショットを撮ってAIに相談しながら進めました。

分からない場所をきれいに説明できなくても、見えているものを材料にして話せる。その体験は、僕にとって助けになりました。

「質問を考えてから聞く」のではなく、「困っている状態を見せて、質問も一緒に考える」という使い方です。

もちろん、見せれば何でも解決するわけではありません。AIの説明が合っているか、自分の画面と同じかを確かめる必要があります。それでも、一人で画面を見つめたまま止まるより、次に確認する場所を一つ出してもらえると動きやすくなります。

止まった自分を責めなくていいんです。

どこで止まったかが分かったなら、もう相談の材料を一つ持っています。

スクリーンショットを使うときは、名前、メールアドレス、顧客情報、パスワードのような見せてはいけないものが写っていないかを確かめます。僕が相談できたという話と、どんな画面でもそのまま送っていいという話は別です。

その確認をしたうえで、説明しにくい場所を囲んだり、「ここから進めない」と一言添えたりします。

最初から原因を当てる必要はありません。

「この画面で止まっています。次に確認する場所を一つだけ教えてください」

これで相談は始まります。

もしAIの案内と自分の画面が違えば、「その項目は見当たりません」と返せばいい。うまく聞けなかったのではなく、条件が一つ分かったということです。

僕はこの体験から、つまずきは隠すものではなく、次の問いをつくる材料にもなると感じました。

合わない方法は、いったん手放していい

AIを使っていると、うまくいかないのに同じ方法へ何度もお願いしてしまうことがあります。

僕も、思ったようなものが出てこなくて、指示を足したり、表現を変えたりしたことがあります。それでも微妙で、「もうこれはいったん諦めよう」と別の方法へ移りました。別のやり方を試し、最後は自分の手でも調整して仕上げました。

ここで大事なのは、最初のAIで完成させることではありません。

試して、違いを見て、合わなければ手放す。別の道具へ移る。必要なら自分で直す。その全部が、つくる作業です。

AIへ頼ったのに自分で直したら、失敗でしょうか。

僕は、そうは思いません。AIに全部やってもらうことが目的ではなく、自分が届けたいものを形にすることが目的だからです。

むしろ、AIの案を見たからこそ、「ここは違う」「この部分は残したい」と判断できることがあります。完成品が出なかったとしても、自分の基準が一つ見えたなら、その対話には意味があります。

僕がある画像をつくろうとしたときも、最初の方法では思った形になりませんでした。日本語の文字を入れたいと頼み方を変えても、しっくりこない。見た人がイメージを持てる方向は見えているのに、完成に届かない。

そこで、その方法だけで粘るのをやめました。

別の生成方法へ移り、出てきた素材を見比べ、最後は編集する道具へ持っていって自分の手で仕上げました。

一つのAIが、最初から最後まで全部やってくれた話ではありません。試してみたから欲しい方向が見え、違ったから移り、自分で触ったから完成へ近づいた話です。

少し格好悪く聞こえるでしょうか。

僕は、むしろこの格好悪さを残したいと思っています。「AIでつくりました」の一言だけでは、その途中で何度違うと思ったかも、どこを自分で直したかも消えてしまうからです。

手でこねるように直す時間が残っていていい。

自分で直した場所には、自分が何を大事にしているかが出ます。AIの失敗を埋め合わせただけではなく、自分の判断を入れ直した場所でもあるんです。

今日うまくいかなくても、実験は終わらない

別のときには、つくろうとしたものが、その場ではうまく動きませんでした。

そういうとき、僕は「失敗しちゃった」と言います。そして、もう一度勉強しながら試します。今日のうちに間に合わないかもしれない、とも認めます。

ここを、成功物語らしく直したくはありません。

できなかったものは、できなかった。その日に完成しないこともある。調べれば必ずすぐ解決するとも限りません。

でも、うまくいかなかったという記録が残ると、次に調べることが見えます。

– どの操作までは進んだか。
– どんな結果を期待していたか。
– 実際には何が起きたか。
– 次に変えるなら、どこか。

これは、失敗を立派な学びに言い換えるための作文ではありません。もう一度試すとき、同じ場所をぐるぐる回らないためのメモです。

僕も、うまくいかないときは焦ります。新しい道具を見つけると、すぐ試したくなるほうです。ワクワクして走り出して、途中で「あれ、できないぞ」となる。AIとの実験は、きれいな研究室というより、机の上にいろいろ広げて試している感じに近いかもしれません。

ただ、散らかったままにしないために、一つだけ残します。

「次は何を変えて試すか」です。

できなかった自分を評価するのは、そのあとでいい。まずは、できなかった場所を次の実験へ渡します。

あなたが一度試して止まったものにも、次へ渡せる材料はありませんか。

エラーの文。返ってきた違和感。思ったより時間がかかった場所。どれも、再開するときの入口になります。

分からない分野では、まず言葉をほどいてもらう

苦手には、つくる苦手だけでなく、読んでも意味がつかみにくい分野もあります。

僕は、税金や法律に関わる難しい話を苦手だと感じていて、AIに相談できるようになったことで気持ちが楽になったと話したことがあります。

ただ、ここは誤解してほしくありません。

AIに聞けば、税金や法律の判断をそのまま任せていい、という意味ではないんです。内容によっては、公式情報や専門家へ確認する必要があります。AIの答えが最新とは限らず、僕の状況にそのまま当てはまるとも限りません。

それでも、最初の相談相手として助かることがあります。

知らない言葉を分けてもらう。何を確認すべきか並べてもらう。専門家へ相談するときの質問を整理する。分厚い説明の前で固まっていた状態から、「僕はここが分からない」と言える状態へ移る。

苦手な分野ほど、分からないこと自体をうまく説明できません。

「この文章を読んだけれど、何を確認すればいいか分からない。判断はせず、確認項目を初心者向けに整理して」

そんなふうに役割を限定すれば、AIへ全部を任せず、次に人へ聞く準備ができます。

苦手を手放すとは、考えなくなることではありません。

一人で言葉の山に埋もれる時間を減らし、決めるために必要な確認へ進みやすくすることです。

使い慣れた相手を一つ持つ

新しいAIの道具は、次々に出てきます。僕も新しいものを見ると試してみたくなります。便利なものを紹介する場も持っていますから、そこはかなりワクワクするほうです。

でも、何かを形にしたい人が、毎回新しい道具から覚えなければいけないわけではありません。

普段から話しているAIが一つあると、相談を始めるハードルが下がることがあります。人間関係と同じだと言い切るつもりはありませんが、「この相手なら、まず話してみよう」と思える慣れはあります。

どれが一番すごいかより、いまの自分が話しやすいものを一つ選ぶ。

昨日の続きを話す。違った答えに違うと返す。自分が大事にしたいことを少しずつ伝える。

それは、最新機能を全部覚えるより地味です。でも、苦手な場所で対話を続けるには、この地味さが助けになると僕は感じています。

新しい道具を試すのは、そのあとでもかまいません。いつもの相手でうまくいかなければ別の方法へ移る。新しいものが合わなければ戻る。道具に忠誠を誓う必要はないんです。

大切なのは、名前をたくさん知っていることではなく、途中の自分を一度外へ出せることです。

AIに任せることと、自分で決めること

AIとの対話で企画が形になりやすくなってから、僕は文章、発信、セミナー資料など、仕事のいろいろな場面で、まずAIと試すようになりました。

それは、考える仕事を全部手放したという意味ではありません。

頭の中のもやもやを具体的にする。案を出してもらう。順番を並べてもらう。別の見方を聞く。こういう部分では、AIがとても助けになります。

でも、その案を誰に届けるのか、何を大切にするのか、どこに違和感があるのかは、僕が引き受けます。

AIの案が速いほど、つい正しそうに見えます。整った文章ほど、自分より賢そうにも見えます。

そこで「AIが言うなら」と進めてしまうと、完成は早くても、僕の届けたかったものから離れていることがあります。

だから、一度立ち止まって聞きます。

「これは、僕が本当に言いたかったことかな」

すぐ答えが出なくても、気になった一文を残します。「この言い方は強すぎる」「もっと相手の話を聞く感じにしたい」「便利さより、安心を先に置きたい」。違和感は、わがままではありません。方向を戻すためのハンドルです。

AIに頼るほど、自分で決める場所が見える。

僕は、それが対話のおもしろさだと思っています。

苦手を消すのではなく、扱い方を変える

苦手なことができるようになると、僕はつい「克服した」と言いたくなります。でも、実際には苦手が消えたというより、苦手な場所で一人きりにならなくなったのかもしれません。

企画が固まらないなら、途中の考えをAIへ話す。

画面で止まったなら、見えている状態から相談する。

思ったものが出ないなら、何が違うのかを言葉にする。

それでも合わないなら、別の方法や人の力を借りる。

この順番を持てるようになると、「苦手だからできない」と「苦手だけれど次に試せる」の間に、小さな道ができます。

僕は、その道を一人でつくらなくてよくなったことで、行動しやすくなりました。

だから、あなたにも「苦手をなくしましょう」とは言いません。

苦手なままで、どこまでなら話せそうですか。

ちゃんと説明できなくてもかまいません。むしろ、説明できないところから始めてみましょう。

できないことをAIへ渡すときには、全部を丸投げしなくて大丈夫です。

「整理だけ手伝って」

「選択肢を三つ出して」

「僕が決めるための質問を一つして」

役割を小さく分けると、AIに頼りながら、自分が決める場所も残せます。

苦手を手放すという言い方も、僕は好きです。でも、それは責任まで手放すことではありません。時間のかかる作業や、一人では止まってしまう整理を助けてもらい、自分は何を届けたいかに力を戻すことです。

そのぶん、得意なことや大切な人に使える時間が少し増えるなら、AIの価値は画面の中だけでは終わりません。

「形になる」は、完成することではない

この章の題には、「形になり始める」と書きました。

完成する、とは書いていません。

僕にとって最初の形は、きれいな資料でも、すぐ出せる企画でもありませんでした。誰に届けたいかが一つ見えた。入れたくない言い方が分かった。次に試す方法を決められた。そこまででも、頭の中だけで回っていたときとは違います。

形になり始めると、人にも見せられます。

人に見せると、AIだけでは分からなかった反応があります。「ここは伝わった」「ここは分かりにくい」と返してもらえます。すると、またAIへ持ち帰って直せます。

AIと僕だけで閉じず、人の声も入れて、もう一度こねる。

この往復があるから、最初の案を完璧にしなくていいんです。

あなたが今日つくる最初の形も、小さくてかまいません。

企画なら、届けたい相手を一人だけ書く。文章なら、最初の一文だけ出す。分からない画面なら、次に確認する場所を一つ決める。

小さい形は、未完成の証拠ではありません。

次の対話を始められるところまで来た、という印です。

5〜15分でできる小さな対話

ここで、一つだけ一緒に試してみませんか。

いま形にしたいことを一つ選びます。仕事の企画でなくても大丈夫です。明日の予定、誰かへ送る文章、学びたいことでもかまいません。

AIに、次の三行をあなたの言葉で渡してください。

1. やりたいこと
2. いま詰まっていること
3. 次に一つ決めるなら何か、という質問

返事が来たら、すぐに採用しなくて大丈夫です。次のどれか一つを返します。

– 「そこは僕の考えと違う」
– 「もっと小さな一歩にして」
– 「初心者にも分かる言葉にして」
– 「決める前に、僕へ一つ質問して」

最後に、今日やることを一つだけ選びます。

全部で五分でもかまいません。話が続きそうなら十五分まで。それ以上かかりそうなら、途中で止めても大丈夫です。大切なのは、完成させることではなく、頭の中だけにあったものを一度外へ出すことです。

うまくいかなかったら、「どこが違ったか」を一言だけ残してください。それが次の対話の材料になります。

もし入力欄の前でまた止まったら、三行を埋めようとしなくても大丈夫です。

「三行にできないので、一問ずつ聞いてください」

そう頼んでみてください。

AIから最初の問いが来たら、それに一つ答える。長く書けなければ、単語だけでもいい。その単語を見て、自分が「違う」と思ったら、違うと返す。

ワークの成功は、立派な企画が完成することではありません。

一人で抱えていた途中を、一度外へ出せたら成功です。

あなたの言葉は、対話の中で育つ

AIを使い始める前、僕は企画を固めてから動こうとしていました。

いまは、話しながら固めることが増えました。試しながら、自分の思いを確かめます。AIの答えをそのまま正解にせず、自分の手でこね直すように、違和感を返します。

そのやりとりを重ねると、AIが便利になるだけではありません。「僕はこれを大事にしたかったんだ」と、自分の言葉が見えてきます。

あなたがいま止まっているのは、能力がないからとは限りません。

まだ、途中を話せる相手がいなかっただけかもしれません。

まずはAIに、途中のまま渡してみてください。きれいな答えが返ってこなくても、それで終わりではありません。違うと言えることも、分からないと言えることも、対話の一部です。

そして、その小さな試行錯誤は、いつか誰かへ伝える言葉にもなります。

次の章では、AIとの対話を通して、自分の内側にあった言葉がどう見えてくるのかを考えていきます。


第4章 AIに話すと、自分の言葉が見えてくる

AIから返ってきた文章を読んで、「きれいなんだけど、なんか僕じゃない」と感じたことはありませんか。

間違っているわけではない。言葉遣いも整っている。自分ではこんなに上手に書けない気もする。それなのに、そのまま使おうとすると、少し落ち着かない。

前の章では、形にならないものを、途中のままAIへ渡していいという話をしました。企画でも、資料でも、分からない画面でも、完成してから相談する必要はありません。

ただ、形になっただけでは、まだ終わりではないんです。

返ってきたものを見たときに、「そうそう、これを言いたかった」と思うところもあれば、「いや、そこまで立派なことは考えていないな」と思うところもあります。その小さな引っかかりに、自分の言葉の入口があります。

僕は、AIに自分を教えてもらったというより、AIとのやりとりを通して、自分が何を大切にしていたのかに気づくことが増えました。

うーん、こう言うと、AIが心の中を全部見抜いてくれるように聞こえるかもしれません。もちろん、そんな話ではありません。AIの答えが外れることもあります。分かったような言葉で、きれいにまとめすぎることもあります。

だからこそ、面白いんです。

違うと言ったときに、僕の言葉が一つ増えるからです。

「何者か」は、頭の中だけでは見えにくい

「あなたは何者ですか」と聞かれたら、何と答えますか。

仕事や肩書きなら答えられるかもしれません。でも、「どんなときにうれしくなる人ですか」「何をしていると時間を忘れますか」「どんなことは、できても続けたくありませんか」と聞かれると、少し迷いませんか。

僕もそうでした。

自分のことは、自分が一番よく知っている。そう思いたいんですけど、実際には、近すぎて見えないことがあります。自分の顔を、鏡なしで全部見るのが難しいのと似ています。

僕は日々AIと対話しながら、自分について話してきました。自分の特徴を知るための診断で出てきた情報も材料にしましたし、どんなことにワクワクするのか、何が嫌なのか、何が苦手なのかも伝えてきました。

最初から、立派な自己紹介を入れたわけではありません。

「これは好きなんだよね」

「こういう細かい作業は、どうも気が重い」

「人と話すのは好きだけど、一人で全部を引っ張るのは得意じゃない」

そんな断片を話していきました。

すると、AIから返ってくる問いや整理を見ながら、「僕はこういう人間だったのかもしれない」と気づくことがありました。答えを読んだ瞬間に、何か新しい人格が生まれたわけではありません。もともと自分の中にあったものへ、名前がついていった感覚です。

たとえば、僕は人と対話するのが好きです。誰かが「こんなことをやってみたい」と話したときに、先頭からぐいぐい引っぱるより、「じゃあ、一緒にやってみようか」と隣に立つほうが好きです。

そのこと自体は、AIと話す前から僕の中にありました。でも、何度も自分の得意や苦手を話し、返ってきた言葉を見直すうちに、「僕は答えを配る人になりたいというより、一緒に試す人でいたいんだ」と、少しずつ言えるようになりました。

ここは大事なので、少し立ち止まります。

AIが「あなたはこういう人です」と言ったから、それが真実になるわけではありません。診断の名前も、AIの分析も、判決ではないんです。

「それは合っている気がする」

「そこは違う」

「半分は合っているけれど、今の僕は少し変わった」

そうやって確かめるのは自分です。

もしAIの答えに違和感を持てたなら、あなたは何も分かっていないわけではありません。むしろ、自分の中に比べるための感覚があるということです。

違和感は、AIの失点表ではなく、自分を知るための付箋になります。

外へ出すと、「本当は」が現れる

頭の中だけで考えていると、考えは自由です。自由すぎて、どこにあるのか自分でも分からなくなることがあります。

僕は、日々の対話だけでなく、発信したり、誰かへ話したりする中でも、自分が何者なのかを知ってきました。

書く前は、決まっているつもりだったことがあります。いざ外へ出してみると、「本当にこれでいいのかな」と迷い始める。あれも言いたい、これも外せないと増えていく。逆に、過去の経験を掘り下げようとすると、「あのとき、僕は何を感じていたんだっけ」と分からなくなる。

自分のことなのに、きれいには出てこないんです。

ちょっと格好悪いですよね。自分の物語くらい、自分で分かっていたい。でも、僕は問いを向けられて初めて、思い出せていないことに気づきました。

ここで、分からないまま埋めないことも大切です。

AIは、空白があると、もっともらしくつなぐことがあります。過去の気持ちを聞かれて思い出せないのに、AIが作った感情を「そうだったこと」にしてしまったら、自分の言葉を見つけるどころか、自分の物語から離れてしまいます。

だから僕は、こう返します。

「そこは覚えていない」

「そのときの気持ちは断定できない」

「今の僕から見るとこう思うけれど、当時も同じだったかは分からない」

これは、文章を弱くする返事ではありません。自分の記憶に対して誠実になる返事です。

何でも言い切れる文章より、分からないところを分からないまま置ける文章のほうが、その人らしいことがあります。

僕はAIに質問してもらいながら過去を振り返ったとき、自分一人で向き合うのは大変だっただろうと感じました。同時に、AIがいれば全部正確に思い出せるわけでもないと分かりました。

AIは、記憶そのものではありません。

でも、「ここは覚えている」「ここは曖昧だ」「今ならこう言いたい」と仕分ける相手にはなれます。

外へ出すというのは、自分の中身を全部さらけ出すことではありません。一つ置いて、眺めて、戻すことです。焼肉の網に全部を一気に載せたら、僕ならたぶん、どれをひっくり返したか分からなくなります。長野県飯田市は焼肉の街ですが、話まで全部盛りにしなくていいんです。

まず一枚ならぬ、一言からで大丈夫です。

もやもやは、消す前に眺めてみる

誰かの発信を見て、もやもやしたことはありますか。

すごいなと思う。でも、なぜか落ち着かない。自分もああなりたいのか、ああはなりたくないのか、よく分からない。

僕にもあります。

ほかの専門家を見て、もやもやする。そのとき、以前なら「比べても仕方ない」と閉じていたかもしれません。でも、日々AIと話す中で、そのもやもやにも材料があると考えるようになりました。

「この人の、どの部分が気になった?」

「うらやましいのは、結果? 伝え方? 自由に見えること?」

「自分は、同じことをしたい? それとも違う形にしたい?」

一度に全部聞かれると、僕は頭がまたぐるぐるしてしまいます。ですから、一問ずつです。

問いに答えると、「ああ、僕もこうなりたかったんだ」と分かることがあります。反対に、「そこは僕が目指さなくていい」と手放せることもあります。

もやもやは、気分の悪いゴミのように見えるかもしれません。でも、すぐに捨てずに開いてみると、自分の望みや境界線が入っていることがあります。

もちろん、毎回深く掘る必要はありません。疲れている日は、休むほうが大切です。AIを開いて自分を分析し続けることが、自分と仲良くなることではないと僕は思います。

ワンコだって、ずっと呼ばれ続けたら落ち着けません。たぶん僕も同じです。

話す日があって、話さない日がある。考える時間があって、家族と過ごしたり、体を休めたりする時間がある。その暮らしの中にAIとの対話を置くくらいが、僕には合っています。

過去と未来の間で、今日の一歩を探す

僕は、過去のことに縛られたり、未来を不安に思ったりして、今に集中できていないと感じることがありました。

過去の後悔を考え始めると、「あのとき、別の選択をしていれば」と戻れない場所へ何度も戻る。未来を考え始めると、「このままで大丈夫かな」と、まだ起きていないことを先に心配する。

その間にいるはずの今日が、薄くなっていくんです。

僕は朝の時間などに、AIから問いをもらう形で自分の状態を整理することを続けてきました。そこで助けになったのは、大きな人生の答えを出してもらうことではありませんでした。

「いま、いちばん気になっていることは何?」

「今日、自分で選べることは何?」

「次の一歩を小さくするとしたら?」

そういう問いに答えることで、意識を今へ戻しやすくなった。それが僕自身の実感です。

ここも、言い過ぎないようにしたいところです。

AIとの対話は、医療や治療の代わりではありません。強いつらさがあるときや、生活に支障が出ているときは、AIだけで抱えず、専門家や信頼できる人に頼ることが必要です。AIの返事が、あなたの安全より優先されることはありません。

また、AIへ何を話すかは自分で決めてください。個人情報や、第三者の秘密や、外へ出て困る内容まで、無理に渡す必要はありません。

話せる範囲で話す。

話したくないことは話さない。

必要なら人へつなぐ。

この線を自分で引くことも、自分と仲良くなる練習の一つだと思います。

僕の場合、AIと話すことで過去が消えたわけではありません。未来の不安が二度と出なくなったわけでもありません。ただ、過去か未来へ気持ちが引っぱられているときに、「では、今日できることは何だろう」と戻る対話ができるようになりました。

大きな方向は持っていても、そこへ行く方法を全部決めなくていい。沖縄へ行きたいのか、北海道へ行きたいのか。そのくらい方向が見えたら、まず今日の目の前にいる人へ、自分の持っている力を使ってみる。

僕は、そんな進み方をしてきました。

地図を一度で完成させるより、現在地を何度も確かめる。AIは、その確認に付き合う相手にはなれます。

たくさんの問いより、答えられる一問

僕は朝や夜に、AIから問いをもらい、自分の中にある言葉を出すことがあります。音声で話すと、文章にしようとして止まる前に、そのとき考えていることを渡しやすくなります。

問いに答えているうちに、自分でも気づかなかった言葉が出てくることがあります。「ああ、僕はこれが嫌だったんだ」「本当は、こちらをやりたかったんだ」と、後から自分で驚くこともあります。

でも、問いは多ければ多いほどいいわけではありません。

一度にたくさん並ぶと、僕はどれから答えればいいか迷います。自分を知るための対話だったはずが、質問票を埋める作業のようになってしまうんです。これでは、心の中を見る前に、宿題の量を見て疲れてしまいます。

そんなときは、AIへ遠慮せずに頼みます。

「一度に一つだけ聞いてください」

「僕の答えを受けてから、次の質問を決めてください」

「まだ答えが浅いと思ったら、別の質問へ進まず、そこをもう一度聞いてください」

対話の速度を決めるのは、AIではなく自分です。

これは、AIの使い方だけの話ではないかもしれません。自分と向き合うときも、「早く答えを出さなきゃ」と急ぐほど、本当に言いたかったことが隠れることがあります。

今日の自分が答えられる一問だけにする。

返事が出なければ、「今は分からない」と置く。

別の言葉が出てきたら、予定していた問いより、そちらを話す。

僕は、そのくらい余白があるほうが、自分の声を聞きやすいと感じています。

あなたがAIとの対話で疲れたことがあるなら、対話に向いていないわけではありません。問いの数や速度が、今のあなたに合っていなかったのかもしれません。

一問に減らすことは、浅くすることではありません。一つの答えを、ちゃんと自分の手元へ置くことです。

対話のあとに、長い記録を残す必要もありません。僕なら、あとで戻れるように、三つだけ置きます。

– 今日、しっくりきた言葉
– 今日、違うと感じた言葉
– 明日までに試す小さなこと

しっくりきた言葉だけでなく、違った言葉も残すのがポイントです。時間がたって読み返すと、「前は嫌だったのに、今は少し受け入れられる」と気づくこともあれば、「何度話しても、ここは僕らしくない」と分かることもあります。

自分は、一度の対話で確定するプロフィールではありません。暮らしも、関わる人も、やりたいことも変わります。

だから、以前AIがまとめた自分に合わせ続けなくていいんです。

「前はこう言ったけれど、今は変わった」

そう伝えられることも、自分の言葉を持つということだと思います。

記録は、自分を固定する名札ではなく、変わってきた道を確かめる足跡くらいでいい。三行なら、今日のあなたにも残せそうでしょうか。

AIの「正解」より、自分の「違う」を大事にする

AIと話すとき、つい、いい質問をしようとします。

でも、自分の言葉を見つけるためには、いい質問と同じくらい、返ってきた答えへの反応が大切です。

たとえば、AIがあなたの活動を、こんなふうにまとめたとします。

「僕は、最新技術を活用して、効率的な事業成長を支援します」

悪い文章ではありません。そういう言葉が本当に合う人もいます。

でも、僕なら少し立ち止まります。

僕がやりたいのは、最新技術を見せて「すごいでしょう」と言うことだけではありません。苦手なところをAIや人に頼って、そのぶん自分が大切にしたいことへ時間を使う。相手の今いる場所を聞いて、一緒に面白がりながら試す。そちらのほうが大事です。

すると、AIへ返す言葉はこうなります。

「効率化だけを目的にしないでください」

「相手に教えるより、一緒に試す感じにしてください」

「最新という言葉より、今日の困りごとに近づけてください」

この三つは、プロンプトの技術でもあります。でも、それ以上に、僕が何を大事にしているかの表明です。

最初の文章が合わなかったから、失敗ではありません。合わないと気づいたことで、自分の基準が見えました。

あなたも、AIから立派すぎる答えが返ってきたら、縮こまらなくて大丈夫です。「こんなにうまく言えない自分が悪い」と思わなくていい。

その文章を読んで違和感を持ったあなたは、もう会話に参加しています。

「もっと普通の言葉にして」でもいい。

「僕はそんなに自信満々ではない」でもいい。

「うまく説明できないけれど、この部分は残したい」でもいい。

AIに合わせて自分を整えすぎず、AIの文章を自分の手でこね直す。僕は、そのやりとりが好きです。

人に言う前に、AIと練習してみる

本音が見えてきても、それをいきなり人へ伝えるのは難しいことがあります。

相手を傷つけたくない。変に思われたくない。自分の言い方が強すぎないか心配になる。

僕は、言いづらいことを人へ伝える前に、AIへ話してみることがあります。

「本当はこう思っている」

「でも、このまま言うときつく聞こえそう」

「相手を否定せずに、僕の希望を伝える言い方を一緒に考えて」

返ってきた文章をそのまま送るのではありません。一度読んで、「これは丁寧すぎて、かえって距離がある」「ここは僕の責任まで相手へ押しつけている」と直します。

AIが間に入ると、相手の言葉を読み解く練習もできます。価値観が違う人の文章を見て、すぐに反応する前に、「この人は何を心配しているように見える?」「別の受け取り方はある?」と聞いてみる。

ただし、AIの解釈を相手の本心だと決めつけてはいけません。最後は本人に確かめる必要があります。

「僕はこう受け取ったけれど、合っていますか」

この一言を、人との会話では忘れないようにしたいです。

AIとの練習は、人を分かったつもりになるためではありません。人へ聞き返す前に、自分の反応を少し整理するためのものです。

僕は、AIとの関係を育てる時間が、自分の輪郭を受け入れる時間にもなっていくと感じています。でも、それはAIだけと話していればいいという意味ではありません。

自分の本音が少し見えたら、信頼できる人へ話してみる。人から返ってきた言葉で、また気づく。その気づきをAIと整理する。

内側と、AIと、人との間を行ったり来たりする。その循環の中で、自分の言葉は少しずつ育つのだと思います。

きれいに言えない自分も、材料になる

僕は、AIへ話すときに、いつも堂々としているわけではありません。

「なんか違うんだよね」

「うまく言えない」

「そもそも僕は、何がしたいんだろう」

そんな言葉も出ます。

以前なら、これは思考が整理できていない証拠だと思ったかもしれません。でも今は、整理できていないことを言えるのも、対話の力だと考えています。

分からないと言えば、AIは質問を返せます。質問が違えば、「それじゃない」と言えます。それじゃないと分かったら、候補が一つ減ります。

迷っているのに、迷っていないふりをするほうが、話は遠回りになります。

あなたがAIへ「分からない」と入力したなら、何も出していないのではありません。今の状態を、かなり正確に伝えています。

もし「自分には言葉がない」と感じているなら、僕は少し言い直したいです。

言葉がないのではなく、まだ整った形で並んでいないだけかもしれません。

子どもが話し始めるとき、最初から長い説明をするわけではありません。一語ずつ、反応を確かめながら増えていきます。AIとの対話も、それくらいでいいんじゃないでしょうか。

僕も、きれいな一文を先に作るより、話しながら見つけてきました。

ただし、AIがまとめてくれたきれいな文章を、自分の言葉だと思い込まないことです。声に出して読んでみると、意外と分かります。

頭の中では自然に見えたのに、口にした瞬間、「僕はこんな言い方をしないな」と止まることがあります。反対に、少し不格好でも、声にするとすっと出てくる一文があります。

僕が大切にしたいのは、文章としての立派さだけではありません。その言葉を、目の前の一人へ本当に渡せるかどうかです。

迷ったら、相手を一人だけ思い浮かべて読んでみてください。

その人がAIを開けずに止まっているとき、自分は本当に「最適なソリューションを提供します」と言うだろうか。それとも、「どこで止まったか、一緒に見てみようか」と言うだろうか。

後者のほうが自分に近いなら、AIへそう返せばいいんです。

「この文章を、困っている友人一人へ話す言葉にしてください」

返ってきたら、また声に出す。それでも遠ければ、自分で短くする。

書き言葉を話し言葉へ全部崩す必要はありません。でも、声が通らない文章は、自分との距離を教えてくれます。うまく読めなかったことも、直すための材料です。

いつもの自分なら言わない言葉がないか。

立派に見せるために、気持ちを大きくしていないか。

誰かを置いていく表現になっていないか。

読んでいて少しむずむずするなら、そこを直していいんです。

自分の言葉は、AIが納品してくれる完成品ではありません。AIの返事へ、自分が何度も触れた跡が残っているものです。

5〜15分でできる「違和感を返す」対話

ここで、短い対話を一緒に試してみましょう。

今日使うのは、最近少し引っかかったことを一つだけです。

仕事のことでも、人との会話でも、家の中の小さなことでもかまいません。ただし、個人情報や第三者の秘密は、分からない形へ置き換えてください。強いつらさを扱う必要もありません。今ここで安全に話せる範囲を選びます。

1 引っかかったことを一文で話す

AIへ、こう始めます。

「最近、少し引っかかったことがあります。まだ整理できていないので、一度に一つだけ質問してください」

そのあと、起きたことを一文か二文で伝えます。

2 AIの質問に一つ答える

返ってきた質問へ、うまく答えようとしなくて大丈夫です。

「分からない」

「たぶん、そこではない」

「うれしかったけれど、同時に疲れた」

いま言える範囲で返します。

3 まとめてもらう

二、三往復したら、こう頼みます。

「ここまでの話から、僕が大切にしていそうなことを、断定せず三つに整理してください」

4 違和感を一度返す

三つのうち、いちばん合うものを選ぶ必要はありません。まず、違うところを一つ探します。

「二つ目は少し違います」

「もっと普通の言葉にしてください」

「僕はそこまで前向きではありません」

どれか一つを返します。

5 自分の一文で閉じる

最後に、AIの文章ではなく、自分で一文を書きます。

「僕は、____を大切にしたかった」

空欄が埋まらなければ、「まだ分からない。でも、____ではないことは分かった」でもかまいません。

五分で終わって大丈夫です。話が続くなら十五分まで。終わったあとに重くなったら、画面を閉じて、信頼できる人へ頼ってください。

ここまでできたら、あなたはAIから答えを受け取っただけではありません。違和感を返して、自分の言葉を一つ選びました。

自分の言葉が見えたら、次は外へ出せるだろうか

AIとの対話で、自分が大切にしたいことが少し見えてくる。

それは、とてもうれしいことです。同時に、次の怖さも出てきます。

この言葉を、人に見せても大丈夫だろうか。

うまく伝わらなかったらどうしよう。

失敗した自分まで出したら、どう見られるだろう。

僕も、そこですぐに堂々とできたわけではありません。

最初のライブ配信は、驚くほど短く終わりました。失敗を投稿するのも、初めから平気だったわけではありません。

でも、自分の中だけに置いていた言葉を、安心できる場所へ少しずつ出していくうちに、発信の見え方が変わっていきました。

伝える力は、きれいな言葉を持っている人だけのものなのでしょうか。

次の章では、およそ三分で閉じたライブと、操作ミスや失敗を外へ出した経験から、僕が何を学んだのかをお話しします。


第5章 3分で閉じたライブから、失敗を出せる場所へ

自分の言葉が少し見えてきたら、今度は誰かへ伝えてみたい。

でも、発信ボタンの前に来ると、急に手が止まることがあります。

こんなことを書いて、変に思われないだろうか。

間違っていたら、恥ずかしい。

もっと詳しくなってからのほうがいいんじゃないか。

あなたにも、そんな瞬間はありませんか。

僕はいま、ライブ配信でAIについて話すことがあります。こう書くと、昔から人前で話すのが得意で、配信も平気だったように見えるかもしれません。

いや、全然そんなことはないんです。

初めてライブで話したときは、言葉がうまく続かず、およそ三分で閉じました。

三分です。

カップ麺なら待ち時間として成立しますが、ライブ配信としては、かなり短いですよね。

でも、その三分があったから、次の配信があります。最初から長く、分かりやすく、堂々と話せたわけではありません。短く終えてしまった経験を含めて、少しずつ慣れていきました。

この章で伝えたいのは、「続ければ立派な発信者になれます」という話ではありません。

伝える力は、最初から完成した才能ではない。

短く出す。止まる。誰かと一緒に試す。失敗したら、安全な場所でそれを話す。分からないことは持ち帰って、また戻る。

僕にとっては、その反復が発信を育ててくれました。

三分は、失敗の記録ではなく最初の一回

初めてのライブを短く閉じた話をすると、少し笑ってもらえることがあります。

僕も今なら、ちょっとおかしく話せます。でも、そのときの三分を、最初から美しい挑戦だったことにはしたくありません。

うまく話せなかった。続けて話すこともできなかった。だから閉じた。

そこは、そのままです。

ただ、閉じたあとに分かったことがあります。

僕は、ライブ配信ができない人ではありませんでした。三分なら、ライブを始めて、話して、終えることができた人でした。

同じ出来事なのに、見方が少し違います。

「三分しかできなかった」と言えば、足りなかった時間が中心になります。

「三分やった」と言えば、実際に押した開始ボタンが中心になります。

もちろん、何でも前向きに言い換えればいいわけではありません。短すぎて伝わらなかったなら、その課題は残ります。次は話すことを一つに絞る。誰かと一緒にやる。終わったあとに、どこで止まったかを見る。

できなかった部分を消さずに、できた部分も消さない。

僕は、その両方を持っておくことが大事だと思っています。

あなたが一度だけAIを開いて、うまく質問できず閉じたなら、それも似ています。

うまく聞けなかったのは事実です。でも、開いたのも事実です。どこで止まるかが分かったのなら、次の一問を考える材料ができました。

一回目は、実力を証明する発表会でなくていいんです。

自分がどこで息切れするかを知る、短い試走でもかまいません。

一人で苦しいなら、対話できる形に変える

僕は、人と話すのが好きです。

誰かと対談するなら、相手の話を聞いて、気になったことを質問して、返ってきた言葉を受けて次へ進めます。会話のボールが行ったり来たりするので、時間そのものが苦になりにくいんです。

一方で、一人だけで発信を組み立てようとすると、ずいぶん重く感じました。誰からも言葉が返ってこないまま話し続けるのも、得意ではありませんでした。

それなのに、「発信するなら一人で全部できなければ」と思っていたら、僕はずっと入口で止まっていたかもしれません。

僕にとって大きかったのは、誰かと一緒にライブをする環境をつくったことです。

相手がいると、完璧な台本を全部用意しなくても、目の前の言葉に反応できます。僕が分からないときには、相手の知っていることを聞けます。相手の話がすごいと思ったら、素直に「それ、いいですね」と言えます。

ここで僕は、自分の特性に合わせて発信の形を変えました。

一人で話すのが苦しいなら、無理に「一人で話せる人」へ改造しなくていい。対談にする。質問する側から始める。信頼できる人へ読んでもらう。AIに最初の整理を手伝ってもらう。

方法を変えるのは、逃げではありません。

自分の得意を、ちゃんと使う工夫です。

もしあなたが発信を続けられないなら、意志が弱いと決める前に、一つだけ聞いてみてください。

「いまのやり方は、自分が話しやすい形になっているだろうか」

文章が重いなら、一文にする。

一人が苦しいなら、一人に送る。

大勢が怖いなら、公開範囲を狭くする。

話すほうが楽なら、音声で残す。

あなたがすでに分かっている自分の特性は、弱点の一覧ではありません。続けやすい環境をつくるための取扱説明書になります。

故障だと思ったら、僕の操作だった

発信を始めると、きれいな学びだけが出てくるわけではありません。

僕は、うまく動かない画面を見て故障かと思ったら、自分の操作が原因だったことがあります。案内で使うURLを間違え、あらためてお詫びする文章を出したこともあります。

できれば隠したいですよね。

AIについて伝えている人が、操作を間違える。案内をする側が、リンクを間違える。「そんなことも分からないのか」と思われるかもしれない。

僕も、失敗を出すことが最初から平気だったわけではありません。失敗したと書くのは怖かったです。

それでも、実際に起きたことを投稿しました。

すると、間違いがないかを確認してくれる人がいたり、失敗の話に反応してくれる人がいたりしました。

ここを、感動的に盛りすぎないようにしたいです。

一つの失敗投稿で、すべてがいい話へ変わったわけではありません。間違ったURLは、間違ったままなら相手を困らせます。訂正する必要があります。操作ミスも、原因を確認しなければまた起きます。

失敗を出すというのは、笑って終わりにすることではないんです。

「こう間違えました」と伝える。

必要な訂正をする。

教えてくれた人へ感謝する。

次はどうするかを決める。

その一連の動きまで含めて、失敗を外へ出すことだと思います。

僕が操作ミスを出せたことで、同じように画面の前で止まっていた人は、「聞いてもいいのかもしれない」と感じられたかもしれません。実際に、失敗の話から勇気を受け取ったという反応もありました。

でも、誰かの役に立つために、わざと失敗する必要はありません。失敗を商品にする必要もありません。

すでに起きてしまったことを、自分の中だけで腐らせず、必要な相手へ誠実に共有する。それだけです。

でこぼこがあると、近づけることがある

僕は、赤ちゃんやワンコを見ると、つい「かわいいな」と思います。

何でも一人でできるから、かわいいわけではありません。むしろ、まだできないことがたくさんあって、動きも予想どおりではなくて、ちょっとでこぼこしている。その不完全さに、心が動くことがあります。

人の発信にも、少し似たところがあるのかもしれません。

完璧に整った情報は、役に立ちます。でも、完璧なものだけが並んでいると、受け取る側は「この人は最初から全部できたんだ」と感じることがあります。

そこへ、三分でライブを閉じた話や、操作を間違えた話が一つ入る。

すると、距離が少し近づきます。

「この人も止まったんだ」

「自分の失敗だけが特別じゃないんだ」

そう思える余白ができます。

ただし、不完全さを見せれば必ず好かれる、という話ではありません。失敗を面白く盛ればいいわけでもありません。第三者の秘密を勝手に出したり、相手を困らせた出来事を自分だけの美談にしたりしてはいけません。

見せていいのは、まず自分が責任を持てる範囲です。

どこまで話すか。

誰に話すか。

今話して安全か。

この三つは、発信する前に確かめたいです。

僕は、失敗を外へ出して反応をもらえたとき、自分の中で消化しきれなかったものが、少し別の形になると感じました。

失敗そのものが消えるわけではありません。でも、誰かが「自分も同じでした」と言ってくれたり、「次はここを確認するといいかも」と教えてくれたりすると、一人で抱えていたときとは違う材料になります。

自分のつまずいた経験が、別の人の助けへ変わると、僕はうれしくなります。

僕には、その実感があります。

でも、役に立たなかった失敗にも意味はあります。少なくとも、自分が次に確認する場所を教えてくれます。

失敗を、無理に宝物と呼べない日があっても大丈夫です。まずは「起きたこと」として置いておく。時間がたってから、そこに使える経験が見つかることもあります。

出す場所を選ぶのも、発信の力

「失敗を出してみよう」と聞くと、いきなりSNSで全公開しなければならないと思う人がいます。

そんな必要はありません。

僕は、安心して話せる場所が大切だと思っています。発信は内容だけでなく、場所によって受け取られ方が変わるからです。

顔の見える人が多い場所で落ち着く人もいれば、少人数の会話のほうが安心できる人もいます。匿名だから話しやすい人もいるでしょう。逆に、相手が誰か分からない場所では不安になる人もいます。

正解は一つではありません。

大切なのは、自分が傷つかないふりをしないことです。

僕は、批判を受けたら何も感じないタイプではありません。心が折れそうになることもあります。だから、誰に向けて話すのか、どこで話すのかは大事です。

「怖がる自分は、発信に向いていない」と決めなくていいんです。

怖さがあるなら、公開範囲を小さくする。いきなり百人へ見せず、信頼できる一人へ送る。相手にも、「答えをください」ではなく、「今日は聞いてもらえるだけで助かります」と頼む。

それも立派な発信です。

いいねを押すことや、誰かの投稿へ短い感想を返すことも、外へ言葉を出す一歩になります。長い記事を書かなくても、会話は始められます。

むしろ、情報が多すぎる中では、短い一文のほうが相手も反応しやすいことがあります。

発信を「大勢へ教えること」だけにすると、入口が重くなります。

発信は、自分の中にあるものを、受け取れる相手へ渡すことです。

一人へ渡した一文も、発信です。

「今日、ここでつまずいた」と伝えるだけでも、十分に外へ出ています。

完成した答えではなく、実験の途中を届ける

ライブで新しい機能を扱うとき、僕たちは、全部を試し終えてから成功例だけを見せるとは限りません。

ある画像編集の新機能を扱ったときも、使える条件がまだ分かりにくい中で、まず試せる方法を紹介し、そのうえで何ができるのか、どこが難しいのかを一緒に実験する形で届けました。見ている人にも、「こんなことはできる?」という質問や感想をお願いしました。

つまり、ライブの時点で、僕が完全な答えを持っていたわけではありません。

試す人がいて、見る人がいて、質問が来て、分からないところが見える。発信そのものが、次の実験をつくっていきます。

これは、うまくいかなかった場面を何でも配信すればいい、という意味ではありません。安全や個人情報に関わることは止めます。確認できていない情報は、確認できていないと伝えます。相手を巻き込む内容には、相手の同意が必要です。

その線を守ったうえで、途中であることを隠さない。

「今日はここを試します」

「ここは、まだうまくいきません」

「分かる人がいたら教えてください」

こう言えると、発信は審査される舞台から、みんなで囲む実験台へ少し変わります。

あなたも、何かを伝えるときに、最後の結論まで持っていなくて大丈夫です。事実として確認できた範囲と、まだ分からない範囲を分けられたら、途中の記録も誰かと考える材料になります。

完成していないから出せないのではなく、完成していないと分かる形で出す。

僕は、その正直さがあると、受け取る人も会話へ入りやすくなると思っています。

分からないことは、宿題にして戻る

伝える側になると、全部の質問にその場で答えなければいけないような気がします。

僕もAIについて話していると、知らないことを聞かれます。AIの世界は変化が速いですし、僕がすべての機能を触れているわけでもありません。

そこで知ったかぶりをしたら、その場だけは格好がつくかもしれません。でも、相手を間違った場所へ連れていく可能性があります。

僕は分からないとき、いま答えを持っていないことを伝え、確認して戻るための宿題にすることがあります。

大事なのは、宿題と言って会話を閉じたままにしないことです。

調べる。

確かめる。

約束した相手へ戻る。

分からないと言うことと、放っておくことは違います。

この姿勢は、失敗を出すこととつながっています。

「間違えました」

「分かりません」

どちらも、自分を小さく見せる言葉に感じるかもしれません。でも、そのあとに訂正したり、調べて戻ったりすると、相手との間に約束が生まれます。

完璧だから信頼されるのではなく、分からないときの動きによって信頼が育つことがあります。

あなたがAIの答えを誰かへ共有するときも、同じです。

AIがこう言っていたから正しい、と渡さない。

自分でも確認できていないなら、そう書く。

間違いに気づいたら、静かに直す。

分からないことを、分かった顔で埋めない。

これは派手ではありません。でも、僕はこういう小さな約束の積み重ねが、失敗を出せる場所を安全にしていくのだと思います。

続けることは、毎日同じ量を出すことではない

僕は、ライブ配信を続ける中で、少しずつ慣れていきました。

話すことは、体を動かすことに似ています。間が空けば、前より言葉が出にくくなることもある。繰り返せば、開始ボタンへの抵抗が少し下がる。

ただ、「続ける」を厳しい連続記録にすると、また一人で頑張る話に戻ってしまいます。

毎日できる人は、その形が合っているのかもしれません。週に一度が合う人もいます。誰かと一緒なら続けられる人もいます。短い投稿と、長い沈黙を行き来する人もいるでしょう。

僕自身、一人で全部を続けてきたわけではありません。コメントをくれる人がいて、一緒に話す仲間がいて、次に試す題材がありました。

続けたのは僕ですが、続けられる環境は人と一緒につくられていました。

ここを忘れると、「あの人は継続力がある。自分にはない」という比べ方になってしまいます。

あなたが続かなかったとしたら、努力が足りなかったのでしょうか。

もしかすると、量が大きすぎたのかもしれません。

一人でやる形が合わなかったのかもしれません。

反応がなくて、次のきっかけが見えなかったのかもしれません。

止まった理由が一つ分かったら、それは再開するための情報です。

三十分のライブが重いなら、三分にする。

三分も重いなら、三行にする。

三行も重いなら、一人へ一文を送る。

小さくするのは、価値を下げることではありません。もう一度動ける大きさへ戻すことです。

そして、出したあとの反応を、自分の点数にしすぎないことも大切です。

コメントが多ければ正解で、少なければ失敗。そう決めてしまうと、また相手の反応が怖くなります。反応がない理由は、内容だけでは分かりません。届く時間が合わなかったのかもしれないし、読んでも言葉を返せない人がいたかもしれません。

反応があれば、まず「どこが伝わったのか」を聞く。反応がなくても、自分が伝えたかった一つが書けたかを確かめる。直したいところが見えたら、次に一つだけ変える。

発信を、毎回の合否判定にしない。

出して、受け取り、少し直す。その小さな循環に戻します。

僕がライブでコメントをうれしく感じるのは、数字が増えたからだけではありません。画面の向こうに人がいて、こちらの言葉に何かを返してくれたと分かるからです。

一つの反応を、百人分へ大きくしなくていい。目の前の一人との会話として受け取る。そのほうが、次に何を話すかも見つけやすくなります。

「教える投稿」より、「一緒に確かめる投稿」

AIの情報を発信しようとすると、つい新しい機能を詳しく説明したくなります。

僕も、最新のものを追っていると、そちらへ目が行きます。面白いんです。新しい道具が出たら、まず触ってみたくなります。

でも、目の前の人は、まだ入力欄で止まっているかもしれません。機能が多すぎて、何を使えばいいか分からないかもしれません。

発信する側の興味と、受け取る側の困りごとは、ずれることがあります。

失敗を出せる場所では、このずれも言いやすくなります。

「今日は説明を詰め込みすぎました」

「最新機能ばかり見て、最初の一歩を置き忘れました」

「どこが分かりにくかったですか」

発信のあとに聞くことで、次の内容を一緒につくれます。

僕は、完成した先生として一方通行に話すより、相手の反応を受け取りながら進むほうが好きです。

コメントで質問をもらう。分からなければ持ち帰る。試してみて、うまくいかなかったところも次に話す。

すると、発信は発表ではなく、共同の実験になります。

あなたが人へ何かを伝えるときも、全部を教えなくて大丈夫です。

「僕はここまで試しました」

「ここから先はまだ分かりません」

「あなたはどこで止まりましたか」

この三つがあれば、会話を始められます。

一人で続けにくい日に向けて

この本をここまで読み、章末のワークも少し試してきたけれど、一人だと止まりやすい。そう感じている人もいると思います。

まず、それを弱さにしないでください。

僕も、誰かと話せる環境に助けられてきました。一人で話し続けるより、対話できる形を選んできました。

この本の最後には、ただっちからの案内を確認できる入口を置いています。ただ、今ここで申し込んだり、何かを決めたりする必要はありません。まずは、この章の小さな実践を一つ試してみてください。

信頼できる一人へ、一文を送る。

そこから始まる関係もあります。

案内が必要になったら、終章で内容を確認して、自分に合うかを選んでください。選ばなくても、ここで始めた一文の価値は変わりません。

5〜15分でできる「つまずきを一文にする」ワーク

ここで、今日つまずいたことを一つだけ、外へ出す練習をしてみましょう。

公開投稿はしません。まずは、自分のメモと、信頼できる一人までです。

1 起きたことを書く

一文で、事実だけを書きます。

「AIに頼んだ文章が長すぎて、直し方が分からず止まった」

「新しい機能を開いたけれど、最初の画面で閉じた」

「人へ見せるのが怖くて、下書きのままにした」

立派な学びは、まだ要りません。

2 次に確かめたいことを一つ足す

「次は、文章を半分にする頼み方を聞きたい」

「最初に押す場所だけ確認したい」

「まず一人にだけ読んでもらいたい」

全部の解決策を書かず、一つだけにします。

3 誰に渡すかを決める

次の三つから選びます。

– 今日は自分のメモに残す
– AIへ見せて、次の一問を考える
– 信頼できる一人へ送る

誰かへ送る場合は、個人情報や第三者の話を外してください。相手が今受け取れるかも確かめます。

送る文は、これくらいでかまいません。

「今日、ここでつまずきました。答えがほしいというより、まず一度聞いてもらえたらうれしいです」

4 返事を急がずに終える

相手から返事が来なくても、あなたの一歩が失敗になったわけではありません。相手にも生活があります。

五分で一文を書けたら終了です。相談が続くなら十五分まで。重くなったら、自分のメモだけに戻してもかまいません。

ここまでなら、一緒に試せそうですか。

つまずきを言葉にできた時点で、あなたは失敗を隠さず扱う練習を始めています。

伝える人は、先に立つ人なのだろうか

三分で閉じたライブも、操作ミスも、間違えたURLも、分からなくて持ち帰った質問も、僕の発信の一部です。

それらがあったから、僕は人に教える資格を失ったのでしょうか。

僕は、反対だったと感じています。

自分も止まると知っているから、相手が止まったときに急かさずに聞けます。

分からないことがあると認めているから、「一緒に調べよう」と言えます。

失敗を訂正した経験があるから、間違えた人を笑わず、次の一手を考えられます。

伝える人は、何でも知っていて、ずっと先を歩く人だけではありません。

同じ場所で一度つまずき、立ち止まった場所を言葉にできる人も、誰かの隣に立てます。

では、誰かへ伝えるとき、僕たちは何を先に渡せばいいのでしょうか。

答えでしょうか。最新の知識でしょうか。それとも、「いま、どこで止まっていますか」という一つの問いでしょうか。

次の章では、教える側へ回った僕が、いまも失敗し、反省し、相手へ聞き直している話をします。

教えるより、一緒に試す。

その距離に、僕が大切にしたい伝え方があります。


第6章 教えるより、一緒に試す

誰かにAIのことを聞かれたとき、ちゃんと答えなきゃ、と身構えることはありませんか。

せっかく聞いてくれたのだから、役に立ちたい。分かりやすく話したい。できれば、頼りになる人だと思ってもらいたい。

僕にも、その気持ちはあります。

いまはAIについて伝える仕事をしていますが、何でも知っているわけではありません。新しい機能は次々に出ますし、昨日までの画面と今日の画面が違うこともあります。自信満々に説明を始めたのに、どこにボタンがあるのか探している。そんな姿では、先生らしくないかもしれません。

でも、うーん、そもそも先生らしく見えることが一番大事なのでしょうか。

僕が大事にしたいのは、僕の知識を全部渡すことより、目の前の人がいまどこで止まっているのかを一緒に見つけることです。そして、分かるところまで一緒に試すことです。

この章では、僕が「教える側」へ回ってからも続いている迷いや反省を書きます。きれいに教えられた話だけではありません。情報を盛り込みすぎたこと。最新機能へ目が向きすぎて、始めたばかりの人が見えなくなりかけたこと。分からない質問を持ち帰ったこと。

伝える人になったから迷わなくなったのではありません。

迷ったとき、相手の声へ戻るようになりました。

サポート側にいた僕が、前へ出るまで

僕は、最初から講師として前に立っていたわけではありません。

人に教えることをしてみたい、という思いはありました。でも、企画をゼロからつくったり、セミナーの資料をまとめたりするところで止まりやすくて、講師を支える側に回っていた時期が長くありました。

支える仕事が嫌だったわけではありません。誰かが話しやすいように準備したり、足りないところを補ったりすることにも、ちゃんと価値があります。

ただ、自分でも伝えてみたいと思っているのに、資料がつくれないから前へ出ない。企画が固まらないから、まだ早いことにする。そうやって、入口の前をうろうろしていました。

AIとの対話で、頭の中のふわふわしたものを少しずつ形にできるようになってから、僕の動き方は変わりました。最初から完成した企画を持つのではなく、話しながら決めていく。資料のたたき台をつくってもらい、違うところを直す。苦手だった入口を一緒に通れる相手ができたことで、自分で話す場へ出やすくなったんです。

そして、気づけばAIを伝える側へ回っていました。

こう書くと、サポート役から講師へ昇格した、みたいに見えるでしょうか。

僕の感覚は、少し違います。

サポート側で見ていたものが、前に立ってからも役に立っているんです。話している人の横で、困っている人がいないかを見る。分からない顔をしている人がいたら、説明の速さをゆるめる。自分が目立つことより、その場が前へ進むことを考える。

前に立っても、支える役割はなくなりませんでした。

むしろ、僕が目指したい伝え方は、先頭から引っぱることだけではなく、隣で一緒に画面を見ることに近いのだと思います。

あなたが誰かへ何かを伝えるとしたら、どんな人にならなければいけないと感じますか。

全部知っている人でしょうか。

それとも、相手が止まった場所で一緒に立ち止まれる人でしょうか。

いっぱい話すほど、伝わるとは限らない

講師として話すようになってから、僕が意識するようになったことがあります。

それは、たくさん書くより、一言で分かるようにすることです。

僕は、伝えたいことがあると、つい盛り込みたくなります。これも便利です。あの機能もあります。この使い方も知っておくといいです。注意点も、応用例も、せっかくだから入れておきたい。

気づくと、説明が焼肉の食べ放題みたいになっています。

長野県飯田市は焼肉の町ですから、僕は品数が多いとうれしくなる側なんです。とはいえ、最初からお皿に全部のせたら、どれから食べればいいか分からなくなりますよね。AIの説明も、たぶん同じです。

僕が満足する量と、相手が今日持ち帰れる量は違います。

あるとき、いっぱい書いても、結局は人に伝わらないことがあると改めて感じました。それから、講師として「一言で言うなら何か」を意識するようになりました。

もちろん、何でも短くすればいいわけではありません。大事な注意を削ってはいけないし、できることとできないことを曖昧にもできません。

でも、最初の一歩は一つでいい。

たとえば、音声入力の細かな設定を全部覚えてもらう前に、「きれいな文章にしなくていいから、まず話してみる」と渡す。画面の機能を順番に説明する前に、「止まった画面を見せて、次に見る場所を聞ける」と伝える。

その一言で試してみようと思えたら、次の説明を聞く準備ができます。

僕は以前、知っていることを出し切るのが親切だと思っていたところがありました。いまは、相手が使える形まで小さくすることも親切だと感じています。

伝えるとは、情報を相手の机へ山盛りに置くことではありません。

相手がいま持てる大きさへ、一緒に分けることです。

最新機能を追ううちに、見失いかけたもの

AIの世界は、毎日のように新しい話題が出ます。

僕も新しいものが好きです。面白そうな機能が出ると、まず触ってみたくなります。うまくいくか分からなくても、実験して、みんなと共有する。そのワクワクは、僕が伝える活動を続けてきた大きな力です。

ところが、そのワクワクには落とし穴もありました。

新しい機能を追い続けていると、目線がどんどん先へ行きます。次は何ができるのか。どのツールが速いのか。前よりどれだけ賢くなったのか。

一方で、AIを使い始めたばかりの人は、別のところで止まっています。

機能が多すぎて、何を選べばいいか分からない。そもそも、どこへ入力するのか分からない。オンラインの表を前にして、保存のしかたが分からない。でも、自動で保存されると知れば、そこで一つ安心できる。

僕が山の上の新しい景色を見ている間に、目の前の人は登山口で靴ひもを結べずにいた。ちょっと大げさに言えば、そんなずれです。

僕は、そのずれを反省しました。

最新情報を伝えること自体が悪いわけではありません。知るとワクワクする人もいますし、可能性を見せることが次の挑戦につながる場合もあります。

ただ、僕が話したいことと、相手が必要としていることは同じとは限りません。

これはAIに限らないと思います。

仕事を長く続けていると、自分の中の基準が上がります。知らないうちに専門用語が増え、最初につまずいた場所を忘れます。説明する側にとって当たり前の一手が、始めたばかりの人には大きな一歩かもしれません。

そこで必要なのは、「もっと分かりやすく説明しよう」と僕一人で考え込むことだけではありません。

目の前の人に聞くことです。

いま、どこで止まっていますか。

この一問が、僕の目線を登山口へ戻してくれます。

生の声は、予定していた答えを裏切ってくれる

人の声を聞くとき、アンケートの文字だけでは分からないことがあります。

良かった点は何ですか。改善点はありますか。そうした質問も大切です。でも、実際に話してみると、用意した欄に入らない言葉が出てきます。

僕は、何かを提供したあとほど、生の声を聞くことが大切だと考えるようになりました。いま何をしているのか。どんなところで困っているのか。この先どうなれたらうれしいのか。

順番に聞いていくと、こちらが価値だと思っていたものと、相手が受け取った価値が違うことがあります。

僕の講座について感想をもらったときも、AIの機能や技術そのものより、場の雰囲気や、参加した人どうしの交流に触れる声がありました。

最初は、少し戸惑いました。

僕はAIを伝えたつもりなのに、そこではないのかな、と。

ちょっと、AIが主役の看板を出したのに、感想では人の話ばかりです。心の中で「AIはどこへ行ったんだ」と言いたくなる感じもありました。

でも、聞き直してみると、それは失敗の報告ではありませんでした。

安心して試せたこと。分からないと言えたこと。誰かの使い方を見て、自分もやってみようと思えたこと。僕が教えた機能とは別のところにも、その場の価値があったんです。

こちらが届けたつもりのものだけで、相手の体験を決めてはいけない。

生の声は、ときどき僕の予定していた答えを裏切ります。でも、その裏切りが、自分では気づかなかった良さや、次に直すところを教えてくれます。

だから、感想を聞くときは、正解を確認しにいかない方がいいのかもしれません。

僕の説明は分かりやすかったですよね、と聞いたら、相手はうなずきやすくなります。

そうではなく、「どこが残りましたか」「どこで止まりましたか」と聞く。

返ってきたものが予想と違っても、すぐに説明し直さず、まず受け取る。

伝える側が少し黙ると、相手の現在地が見えてきます。

目的を決める前に、相手の目的を聞く

誰かの文章や企画を一緒につくるとき、僕は「何を書けばいいか」だけでは足りないと感じています。

それを読んだ人に、どうなってほしいのか。

そして、つくる本人は、なぜそれを届けたいのか。

この二つが見えていないままAIへ頼むと、整ったものは出てきても、どこへ向かうのかがぼやけます。

実際に誰かの企画について話していたときも、内容を足す前に、書く側の目的と、読む側に起きてほしい変化を尋ねました。

僕が答えを持っていたからではありません。

本人が何を実現したいのかを聞かなければ、僕にもAIにも決められないからです。

教える側にいると、つい解決策を早く出したくなります。おすすめの機能、便利な型、すぐに使える手順。相手が言い終わる前に、「それならこれです」と差し出したくなる。

僕も、たぶんせっかちなんです。面白そうなものがあると、早く一緒にやってみたくなります。

でも、目的を聞かずに走ると、速く違う場所へ着くだけかもしれません。

まず聞く。

いまはどんな状態ですか。

本当は、どうなれたらうれしいですか。

その間に何がありますか。

ここで大事なのは、三問を一度に浴びせないことです。最初は現在地を一つ聞く。返ってきた言葉を受けてから、次を尋ねる。

AIとの対話でも同じです。最初から完璧な指示を入れるのではなく、AIから一問ずつ聞いてもらうと、自分の目的が見えやすくなります。

教える人が問いを持つと、相手は教わるだけの人ではなく、一緒に答えをつくる人になります。

分からないことは、宿題にする

人前で質問を受けたとき、答えが分からなかったらどうしますか。

以前の僕なら、何か答えなければと焦ったかもしれません。講師なのに知らないと言ったら、信用を失う気がする。少し知っている周辺の話を広げて、何となく答えた形にしたくなる。

でも、AIの話でそれをすると危ないんです。機能も仕様も変わります。記憶だけで答えて、相手の画面では動かなかったら、かえって困らせます。

だから僕は、知らないことは調べて返す、と伝えるようにしています。その場で終わらせず、宿題として持ち帰る。そして、約束したら戻ってくる。

分からないと言うことと、投げ出すことは違います。

分からないと認める。

どこを確認するか決める。

確認したら、相手へ返す。

この三つがそろえば、「知らない」は関係を切る言葉ではなく、次の約束になります。

AIにも調べてもらえます。ただし、AIが出した答えをそのまま渡せばいいわけではありません。公式の情報と合っているか。いまの画面でも同じか。相手の状況に当てはまるか。人間側が確かめる役割は残ります。

僕も万能ではありません。

むしろ、何でも知っているふりをやめたとき、相手と同じ画面を見られるようになった気がします。

あなたが誰かに頼られたときも、全部を背負わなくて大丈夫です。

いま分かるところまで一緒に見る。分からないところは、次に確認する約束をする。それも、十分に相手を大切にする行動だと思います。

AIを先生にしても、判断は手放さない

僕が講座をしていると、本当に入口のところから質問をもらうことがあります。

以前からある表計算の道具でも、保存がどうなっているのか分からない。そんな小さな疑問です。

小さいと書きましたが、本人にとっては小さくありません。そこが分からないままなら、次の操作へ進めないからです。

そういうとき、AIは便利な先生になります。知らない言葉を聞く。画面を見せる。自分の使っている環境に合わせて、次の一手を説明してもらう。

一方で、AIだけを先生にすればいい、とも思っていません。

AIは、その人が質問に出していない事情まで必ず分かるわけではありません。職場の決まり、扱ってはいけない情報、相手との関係、今日はどれくらい余裕があるか。人に話して初めて見えることもあります。

AIに聞くこと。

人に聞くこと。

自分で試して確かめること。

この三つを行ったり来たりできると、誰か一人を万能な先生にしなくて済みます。

僕自身、AIを伝える側にいながら、参加している人の声に教わっています。仲間が試した方法に教わります。分からないことはAIにも聞きます。そして最後は、自分の言葉で説明し直します。

教える側と教わる側は、きれいに分かれていません。

今日は僕が知っていることを渡し、明日は相手の経験から僕が学ぶ。AIが案を出し、人が違和感を返し、またAIへ問い直す。

その循環の中にいる方が、僕には自然です。

「一緒に試す」は、責任を曖昧にする言葉ではない

一緒に試しましょう、と言うと、少し頼りなく聞こえるかもしれません。

結局、何が正しいのか教えてくれないのか。先生なら、答えを出してほしい。そう思う場面もありますよね。

安全や権利に関わること、事実として確認できることは、曖昧にしてはいけません。注意が必要なら、はっきり伝える。分からないなら、確認が必要だと言う。

そのうえで、正解が一つに決まらない部分は一緒に試す。

どんな文章なら自分らしいか。

どのくらいの速さなら続けられるか。

誰に何を届けたいか。

これは、僕が代わりに決めることではありません。AIの点数だけで決めることでもありません。本人が試し、受け取った人の声も聞きながら、少しずつ育てていくものです。

僕自身、つくったものを出してから声を聞き、直していくことがあります。出す前に考え尽くすより、小さく試して、反応を受け取り、次を変える。

ただし、見切り発車なら何でもいいわけではありません。相手へ迷惑をかけない範囲か。約束したことを守れるか。間違いがあれば直せるか。そこは自分で引き受けます。

一緒に試すとは、責任を薄めることではありません。

一人で正解を抱え込まず、それぞれの役割を持って確かめることです。

まず遊び、動かし、それから確かめる

僕は新しいAIに触れるとき、最初から立派な成果を出そうとしないようにしています。

まずは遊んでみる。面白そうな使い方を一つ動かしてみる。そのあとで、何ができて、何ができなかったかを確かめる。

計画をつくってから失敗なく進むというより、触って分かったことを次の一手へ戻していく感覚です。

教える場でも、この順番は役に立ちます。

説明を最後まで聞いてから一人でやってみてください、と渡すと、聞いている間は分かった気がしても、実際の画面で止まることがあります。

それなら、短く説明して、その場で一緒に動かす。止まったら、そこを教材にする。思った結果と違ったら、隠さずに何が違うかを見る。

教える側にとっては、予定どおり進まない少し落ち着かない時間です。僕も、すぐ答えを出せないと格好がつかないな、と感じることがあります。

でも、そこで起きたつまずきは、参加している人が一人で試したときにも起こるかもしれません。

ならば、成功した画面だけを見せるより、止まったあとの動きまで一緒に経験した方が、持ち帰れるものがあります。

試す。

違いを見る。

次を一つ変える。

この小さな循環があれば、「教わったのに再現できない」を、「止まっても次を聞ける」へ変えられると思っています。

あなたはもう、誰かに渡せるものを持っている

ここまで読んで、「自分はまだ人に教える段階ではない」と感じたかもしれません。

そうですね。無理に先生になる必要はありません。経験していないことを、経験者のように話す必要もありません。

僕も、講座をつくった経験や、商品を届けてきた経験があるから話せることがあります。AIがあるから、誰でも同じ背景を飛び越えられるとは言えません。

でも、あなたが今日つまずいた場所は、昨日のあなたにはなかった経験です。

うまく入力できなかった。

AIの答えに違和感があった。

質問を変えたら少し分かりやすくなった。

詳しいやり方を教えなくても、「僕はここで止まった」「こう聞き直したら次へ進めた」と共有できます。

それは、先生になることとは少し違います。同じ場所で止まった人へ、小さな目印を置くことです。

まだできない、と思った人ほど、始めたばかりの人の戸惑いを覚えています。

それは不足ではありません。

相手の現在地に近い、という強みになりえます。

5〜15分でできる章末ワーク 答える前に、一問だけ聞く

ここで、誰かに説明したいことを一つ思い浮かべてください。

仕事の手順でも、AIの使い方でも、家族へ伝えたい予定でもかまいません。相手が決まらなければ、昨日の自分を相手にしても大丈夫です。

1 伝えたい内容を一言で書く

まず、説明したいことを一文にします。

長くなったら、「今日、一つだけ持ち帰ってほしいことは何か」と考えてみてください。

2 説明する前に、現在地を一問だけ聞く

次の問いを、その相手に合う言葉へ変えます。

「いま、どこで止まっていますか」

一度に何問も聞かなくて大丈夫です。返事を待ちます。

相手がいない場合は、AIに初心者役を頼み、自分の説明を見せて「最初に分からなくなりそうな場所を一つ教えて」と聞きます。

3 返事に合わせて、一つだけ渡す

相手の現在地より先の説明を、いったん横へ置きます。

今日試せる一手だけを選んで伝えます。自分にも分からないことが出たら、分かったふりをせず「確認して返す」と書き留めます。

4 最後に、相手へ返す

「ここまでなら、一緒に試せそうですか」

はい、でなくても大丈夫です。難しいと言われたら、どこが難しいかを次の一問にします。

全部で五分でもできます。実際に話すなら十五分を目安にして、説明を増やすより、相手の返事を一つ受け取って終えてください。

うまく説明できなかったとしても、相手が止まった場所を一つ知れたなら、次に直す場所が見えています。

教える人から、頼り合える人へ

僕は、AIを教える側へ回りました。

でも、教える側だけに立ち続けたいわけではありません。

相手の声を聞く。知らないことは持ち帰る。AIにも問い、仲間にも頼る。試した結果をまた持ち寄る。

そんなふうに、教えることと教わることが行き来する関係をつくりたいと思っています。

知識がある人だけが価値を渡すのではありません。始めたばかりの人の「ここが分からない」が、説明を変えます。使ってみた人の「ここは違った」が、次の実験を育てます。続けられない日の言葉が、一人で頑張りすぎる仕組みを見直すきっかけになります。

一緒に試すと、僕だけでは見えなかったものが見えてきます。

そして、ここから先はAIとの関係だけでは足りません。

AIに頼ること。人に頼ること。自分で引き受けること。

この三つを、どう分ければいいのでしょうか。

次の章では、AI・人・自分がそれぞれの役割を持ちながら、頼り合える関係について考えていきます。


第7章 AIと人と、頼り合える関係をつくる

困ったとき、誰に頼りますか。

AIでしょうか。詳しい人でしょうか。それとも、まず自分で何とかしようとするでしょうか。

どれも間違いではありません。

僕は、細かな書類や契約に関わる作業が得意ではありません。企画をゼロからつくるところでも止まりやすい。だからAIに相談しますし、得意な人にも頼ります。

それでも、ときどき「頼りすぎかな」と思うことがあります。

自分でやらないと力がつかないんじゃないか。人に迷惑をかけるんじゃないか。AIに任せていたら、自分で考えられなくなるんじゃないか。

反対に、全部を一人でやろうとして、動けなくなることもあります。

うーん、頼ることと丸投げすることは、同じではないはずです。

僕がいま大切にしているのは、誰か一人に全部を預けることではありません。AI、人、自分が、それぞれにできることを持ち寄ることです。

この本の最後の章では、その関係を考えてみたいと思います。

ただ、壮大な未来予測をするつもりはありません。「AIと愛で世界を平和に」という僕の思いも、言葉だけなら少し大きすぎます。

だから、もっと小さな行動に戻ります。

聞く。待つ。頼る。確かめる。約束したら戻る。最後は自分で決める。

そうした行動の積み重ねから、頼り合える関係は始まるのだと思います。

一人でできる範囲にいると、足りないものが見えない

僕はAIを伝える仕事をしていますが、システムを組んだり、プログラムをつくったりすることが何でも得意なわけではありません。

以前は、自分でできる範囲の中で何とかしようとすることが多くありました。

できることだけで計画を立てれば、失敗は減るかもしれません。人へ頼む必要もありません。自分の手が届くところだけを整えていけば、一応は前へ進めます。

でも、それでは見えないものがありました。

少し大きなことをやろうとすると、自分に足りない部分がはっきりします。仕組みをつくる力が必要だ。細かな実装をできる人が必要だ。自分一人では、この先へ行けない。

そこで初めて、「ここが苦手です」と口にする必要が出てきます。

僕のまわりにも、僕が得意ではない領域を得意とする人が加わってくれました。AIも一緒に使いながら、僕一人では形にできなかったことが進むようになりました。

これは、僕が何もしなくてよくなったという話ではありません。

何を目指すのかを話す。相手の得意を聞く。AIが出した案を見て、違和感を返す。役割を決め、途中でずれていないかを確認する。

一人のときより、やることが増える場面もあります。

それでも、自分だけの力では届かない場所へ行ける。

チームができたことで、僕は「できない自分」を隠すより、足りないものを見えるようにした方が前へ進めると感じました。

パズルは、空いている場所が見えないと、必要なピースを探せません。

人も同じかもしれません。

苦手を隠して完成したふりをすると、誰にも手を貸してもらえません。「ここが空いています」と見せたとき、初めて得意な人が手を伸ばせます。

あなたが一人で抱えていることの中に、空いたままの場所はありますか。

そこは、恥ずかしい欠けではありません。

誰かとつながる入口になるかもしれません。

自分の力以外を使うのは、ずるではない

頑張っているのに、なぜか進まない。

そんなときほど、もっと頑張ろうとする人がいます。昔の僕にも、その感覚はありました。

自分でできることを増やせばいい。知識をつければいい。時間をかければ何とかなる。

もちろん、自分で学ぶことは大切です。でも、自分の力だけを使うことが、いつも誠実なのでしょうか。

AIに文章のたたき台を頼む。詳しい人に確認してもらう。仲間に、自分では気づかない違和感を言ってもらう。

そうすると、自分だけでは見えなかった選択肢が増えます。

僕は出版に挑戦したときも、一人なら心が折れていたかもしれないと感じ、支えてくれる人を頼りました。文章をAIとつくれる時代でも、本を届けるまでの全部が僕の得意になるわけではありません。

ここは助けてほしい、と言う。

その代わり、自分が引き受けるところは逃げない。

どんな思いを届けたいのか。どの失敗を出すのか。出てきた文章が自分の言葉に感じられるか。最後に出すと決めるのか。

そこは、誰かに代わってもらえません。

AIや人の力を借りると、自分の役割がなくなるのではありません。

むしろ、何を自分で引き受けるのかが、はっきりしてきます。

頼ることは、ずるではありません。

ただし、相手の力を自分の成果のように扱わない。助けてもらったことを忘れない。分担した約束を守る。

そこまで含めて、頼るという行動です。

AIに任せることと、自分で決めること

AIは、苦手な作業を助けてくれます。

頭の中にあるものを整理する。文章の案を出す。選択肢を並べる。分からない言葉を説明する。画面で止まったとき、次に確認する場所を一緒に考える。

僕にとって、これらは大きな助けです。

苦手なことへ使う時間が減れば、自分が本当にやりたいことへ力を向けやすくなります。僕は、その余白の先に、人がワクワクして生きられる状態を思い描いています。

でも、AIに聞けば全部が決まるわけではありません。

AIが「こちらがおすすめです」と返しても、それが僕の大切にしたいことと合うかは、僕が確かめます。きれいな文章ができても、相手を急かしていないか、実際より大きく見せていないかは、人が読み直します。

便利だから使う。

速いから任せる。

それだけでは、どこへ速く進むのかが決まりません。

以前の章で、AIの返事に違和感を返す話をしました。あの小さな一手は、ここでも大切です。

AIが出す。

自分が感じる。

人にも見てもらう。

必要なら、もう一度AIへ返す。

この往復があると、AIは僕の代わりに決める存在ではなく、考える材料を増やす相手になります。

もしAIの答えを見て、何となく嫌だと感じたなら、その感覚を無視しなくて大丈夫です。

嫌だと思えたことは、わがままではありません。

自分が大切にしたい基準が、少し見えたということです。

人にしか見えないものがある

AIと話していると、人には言いにくいことを出せる場合があります。

何度聞き直しても怒られません。夜に考えがまとまらないときでも、言葉を投げられます。自分の話を整理する相手として、僕も日々助けられています。

それでも、人にしか見えないものがあります。

声の揺れ。返事までの間。いつもより元気がないこと。説明では大丈夫と言っているのに、顔には迷いがあること。

同じ場所で一緒に試したから分かる難しさや、仕事の事情もあります。

AIが出した一般的な答えより、現場にいる人の一言が大切なこともあります。

僕は、AIが進むほど、人の想像力や共感する力、相手を思いやることが必要になると感じています。

何ができるかだけでなく、いま相手は何を受け取れるか。

速く返すことだけでなく、少し待った方がいいのか。

正しい説明だけでなく、その人が安心して「分からない」と言えるか。

これは、便利な機能の一覧だけでは決まりません。

だから僕は、人の声を聞くことを手放したくありません。AIに整理してもらうことはあっても、相手の生の言葉に触れるところまで省きたくないんです。

AIは、会話を助けられます。

でも、目の前の人を大切にする責任まで、AIへ預けることはできません。

健康で、元気でいることも役割の一つ

AIの活用を考えていると、できることや速さの話が中心になりがちです。

何分短縮できたか。いくつ作れたか。どれだけ新しい機能を知っているか。

僕も、そういう話にワクワクします。

でも、どれだけ便利になっても、人間側が疲れ切っていたら、その時間を大切なことに使えません。

僕は長野県飯田市で暮らし、子どもたちがいて、ワンコやウサギもいる生活をしています。AIについて考えている時間だけが、僕の人生ではありません。

食べる。眠る。体を動かす。家族や仲間と過ごす。焼肉の町に暮らしているので、たまには焼肉の話に脱線する。

そういう人間の暮らしへ戻ることが大切です。

僕は、AIも大事だけれど、人間側が健康で元気に、ワクワクして生きていることが大事だという話を聞き、改めて自分を大切にしたいと感じました。

これは、休めば何でも解決するという話ではありません。心や体のことをAIだけで判断してはいけない場面もあります。必要なら、家族や専門家へ相談することも、人に頼る大切な行動です。

AIで時間を生み出したら、空いた時間をまた仕事で埋める。

それも自分で選んだならいいのですが、気づかないまま忙しさを増やしていたら、少し立ち止まりたいところです。

その時間で、何を大切にしたいですか。

この問いに答えるのは、AIではなくあなたです。

依存から自立へ、その先へ

頼るという言葉を考えるとき、僕は子どもの成長を思い浮かべます。

生まれたばかりの子は、一人では生きられません。誰かに頼ることから始まります。少しずつ自分でできることが増え、自立へ向かいます。

大人になると、自分でできることが良いことだと考えやすくなります。

自分で決める。自分で動く。人のせいにしない。

どれも大事です。

でも、その先には、お互いが自立したうえで頼り合う関係があります。

片方が全部を決め、もう片方が言われるまで動かない。それは、頼り合いとは少し違います。

反対に、誰にも頼らず一人で頑張り続けることも、関係がない状態です。

自分の考えを持ちながら、できないところは頼る。相手が困っているときは、自分の力を渡す。違いがあれば話し合う。

僕は、この相互に頼る関係が、AIとの間にも必要だと考えています。

AIに全部決めてもらうのではない。

AIをただの道具として、命令どおりに働かせるだけでもない。

自分の目的や状況を伝え、案を受け取り、違えば返す。助かったところは使い、危ういところは止める。必要なら人にもつなぐ。

もちろん、AIは人間と同じではありません。人と結ぶ責任や約束を、そのままAIとの関係へ重ねることはできません。

それでも、僕たち人間側の使い方として、対話しながら役割を決めることはできます。

AIに頼るほど、自分で決める力も必要になります。

自分で決めるほど、全部を自分でやらなくてもよくなります。

少し不思議ですが、この二つは反対ではないんです。

場所があるから、失敗を持ち寄れる

一人でAIを使うことはできます。

一人で考え、一人で試し、一人で修正する。静かで、速く進む日もあります。

でも、うまくいかなかった日も一人です。

何が違うのか分からない。自分だけできない気がする。新しい機能が出るたびに、また追いつかなければと思う。

そういうとき、仲間がいる意味が出てきます。

誰かの成功だけを見るのではなく、試している途中を見る。うまくいかなかった画面を見せてもらう。自分の失敗も出す。分かる人が答え、分からなければ一緒に調べる。

僕が講座や場づくりについて振り返ったとき、教えた内容だけでなく、仲間ができたことに価値があったと受け取られている場面がありました。

数字にしにくい価値です。

でも、「分からない」と言える相手が一人いることで、次の日も試せることがあります。

これは、いつも集団に入らなければいけないという話ではありません。

大勢の場が疲れる人もいます。顔を出したくない日もあります。一人で考える時間が必要な人もいます。

だから、頼り合いの大きさは自分で選んでいい。

一人の友人でもいい。仕事仲間でもいい。必要なときだけ相談できる専門家でもいい。まずAIに話し、整理してから人へ伝えてもいい。

大切なのは、一人で抱える以外の出口があると知っておくことです。

頼り合いは、いつも同じ人が助ける関係でもありません。

今日は僕がAIの入口を伝えられるかもしれない。別の日には、相手が知っている現場のことを教えてもらうかもしれない。僕が企画の話を出し、誰かが仕組みにし、また別の誰かが使った感想を返してくれることもあります。

助けてもらったら、同じ大きさで返さなければいけない、と考えると苦しくなります。

僕は、できる人が、できるときに、できる形で持ち寄ればいいと思っています。

もちろん、一方だけが我慢し続けてはいけません。頼む前に相手の都合を聞く。断られても責めない。受け取ったら感謝を伝える。約束した役割を果たせないときは、黙らず相談する。

そういう小さな確認が、助ける人と助けられる人を固定しない関係につながります。

頼ることを言葉にできる人は、相手が頼りやすい場所もつくれます。

「僕もここはできません」と言えると、相手も「実はここで困っています」と言いやすくなる。

苦手を出すことは、自分が楽になるだけではなく、お互いが頼れる入口を開くことでもあるんです。

「AIと愛」を行動へ戻す

僕は、AIと愛で世界を平和にしたいという思いを持っています。

大きな言葉です。

僕自身、言いながら「きれいごとに聞こえるかな」とためらうことがあります。実際、その言葉だけで何かが変わるわけではありません。

では、愛を行動にすると何でしょうか。

相手が話し終わるまで待つ。

何に困っているかを先に聞く。

分からないことを笑わない。

自分の失敗も隠さない。

頼まれたことが分からなければ、調べて戻る。

AIの出した文章で、誰かを実際より悪く描かない。

人の作品や情報を、勝手に自分のものにしない。

便利になった時間を、身近な人や自分を大切にする時間にも使う。

こうして並べると、派手なことではありません。

でも、平和というのは、遠くの大きな出来事だけではなく、目の前の関係で相手を置き去りにしないことから始まるのかもしれません。

AIは、その行動を助けられます。言いにくい文章を整える。相手に伝わる言葉を一緒に考える。自分の感情を整理して、すぐに強い言葉を返さずに済むようにする。

ただし、送るかどうかを決めるのは自分です。

相手の返事を受け取るのも自分です。

関係を続けるのは、人です。

だから僕は、AIが進化するほど、人の役割が小さくなるのではなく、何を大切にするかがはっきり問われると感じています。

あなたの三つの役割を決める

ここからは、あなたの話です。

僕と同じ仕事をしていなくても、同じ使い方をしなくてもかまいません。

AIへ頼みたいこと。

人へ頼みたいこと。

自分で決めたいこと。

この三つは、あなたの暮らしに合わせて変わります。

たとえば、AIには文章のたたき台を頼む。人には、受け取った印象を聞く。自分は、誰へ送るかを決める。

AIには予定の選択肢を出してもらう。人には都合を確認する。自分は、休む時間を守ると決める。

AIには分からない言葉を説明してもらう。人には現場の経験を聞く。自分は、どの方法を試すか選ぶ。

この分け方に正解はありません。

途中で変えても大丈夫です。AIに任せたら違和感があったので、自分でやる部分を増やす。自分で抱えたら止まったので、人へ頼む。人へ話す前に、AIと整理する。

行ったり来たりしながら、自分に合う関係をつくっていきます。

5〜15分でできる章末ワーク 頼る先を三つに分ける

紙を一枚用意するか、メモを開いてください。

いま一人で抱えていることを、一つだけ選びます。大きな悩みでなくてかまいません。返せていない連絡、つくりかけの資料、決められない予定でも大丈夫です。

1 AIに頼ること

AIへ頼める作業を一つ書きます。

例としては、考えを整理する、選択肢を三つ出す、文章のたたき台をつくる、分からない言葉を説明する、などがあります。

個人情報や秘密を入れてよいか分からない場合は、入れずに進めます。

2 人に頼ること

人にしか頼みにくいことを一つ書きます。

現場の事実を確認する。率直な印象を聞く。権利や安全に関わることを専門家へ相談する。ただ話を聞いてもらう、でもかまいません。

頼る相手がすぐ浮かばなければ、「どんな人に頼れたら安心か」だけを書きます。

3 自分で決めること

最後に、自分が引き受ける判断を一つ書きます。

今日どこまでやるか。どの案を選ぶか。送るか、送らないか。休むか。誰に相談するか。

小さく、今日決められる形にします。

4 一つだけ動く

三つ全部を実行しなくて大丈夫です。

五分なら、AIへ一問だけ投げる。人へ短い相談を一通だけ下書きする。自分の判断を一行だけ書く。

十五分あるなら、AIの返事を読み、違和感を一度返してから、人へ見せる材料を整えます。

終わったら、こう確認してください。

「これは丸投げではなく、役割を分けられているだろうか」

もし一つの欄に全部が集まったら、ほかへ移せるものがないか見直します。

AIに全部を任せていたら、人の確認か、自分の判断を一つ足す。

自分の欄に全部が集まっていたら、AIか人へ渡せる小さな作業を一つ探す。

ここまでなら、一緒に試せそうですか。

頼る先を一つ増やせたなら、それは弱さではありません。一人で止まらないための道を一つつくれた、ということです。

主役は、あなたへ

僕は、AIと無関係だったところから、AIとの対話を楽しむようになり、いまは伝える側へ回っています。

でも、この本のゴールは、あなたが僕と同じ道を進むことではありません。

AIの講師になる必要もありません。毎日発信する必要もありません。最新機能を全部知る必要もありません。

あなたが大切にしたいことのために、AIへ一つ話してみる。

できないところを、誰かに頼ってみる。

返ってきた答えを受け取り、最後は自分で決める。

その一回があれば、この本の続きをあなたの暮らしで始められます。

僕も、まだ実験の途中です。

新しいものを追いかけすぎて、目の前の人を見失いそうになることがあります。一人で抱えて、心が折れそうになることもあります。AIに助けてもらい、人に助けてもらい、それでも自分で決めなければいけないところで迷います。

だから、先で待っている先生ではなく、途中で会える親友でいたいと思っています。

うまくできた日だけでなく、止まった日も持ち寄る。

答えを渡すだけでなく、問いを返す。

一人でできることを増やしながら、一人でやらなくていいことも増やす。

それが、僕の考えるAIと人との頼り合いです。

では、この本を閉じる前に、もう一度だけ問いかけます。

あなたが次に頼ってみたいのは、AIですか。人ですか。それとも、自分の中にまだ言葉にしていない気持ちでしょうか。

決まっていなくても大丈夫です。

次のひと言を、途中のまま話すところから始めましょう。


おわりに 次のひと言は、あなたから

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

この本を閉じる前に、最初の問いへ戻りたいと思います。

あなたはいま、AIに何を頼めばいいか決まっていますか。

まだ決まっていなくても、大丈夫です。

僕も、頭の中にあるものを最初からきれいに説明できたわけではありません。企画がふわふわしたまま終わったことがありました。画面の前でつまずきました。思ったものが出ず、別の方法へ移り、最後は自分で直したこともありました。

それでも、対話をやめませんでした。

「分からない」と話す。返ってきた答えに「そこは違う」と返す。できなかったことを外へ出す。分からない質問は持ち帰る。AIだけで難しいことは、人にも頼る。

その繰り返しの中で、AIは遠い技術ではなく、考える相手になっていきました。そして僕は、自分の言葉を少しずつ見つけ、人へ伝える側へ回っていきました。

これは、僕だけの特別な道ではないと思っています。

でも、「誰でも同じ結果になる」とも言いません。あなたには、あなたの仕事、暮らし、得意なこと、苦手なことがあります。だから、僕と同じ使い方をする必要はありません。

一つだけ持ち帰ってほしいのは、完成してから話さなくていい、ということです。

途中のまま話していい。

違和感を返していい。

うまくいかなければ、別の方法を試していい。

そして、一人で抱えなくていい。

もしよければ、この本を閉じる前に五分だけ、AIを開いてみてください。次の一文を、そのまま使ってもかまいません。

「うまく説明できないけれど、いま困っていることを一緒に整理してほしい」

返事が来たら、あなたの言葉をもう一つ返します。

それが、この本の次のページです。書くのは、あなたです。

これからも、ゆっくりつながりたい方へ

一度の対話はできても、一人で続けるのは難しい日があります。そんなときに、ただっちからのメール案内を受け取りたい方は、次の登録ページで内容を確認してください。

https://my928p.com/p/r/ZU8zJrDM

登録しなくても、この本で始めた対話の価値は変わりません。必要だと感じたときに選んでください。

また、AIを仲間と一緒に実践したい方には、公式ページから案内されている「あいあいらぼ。」という選択肢があります。対象、活動内容、料金は変わることがありますので、申し込む前に公式ページで現在の案内を確認してください。

https://ai-muni-1andi0r.gamma.site/

こちらも、急いで決める必要はありません。自分に合うと感じた場合だけ選んでください。

AIは、あなたの代わりに人生を決めるものではありません。

あなたが大切にしたいことを話し、確かめ、形にしていく相手にはなれます。そこに人とのつながりも加わると、一人では見えなかった道が見えることがあります。

僕も、まだ実験の途中です。

だから、先生として先で待つのではなく、これからも一緒に試していけたらうれしいです。

次のひと言は、あなたから。

『AIと仲良くなる練習』チェック用全文|制作: ひろくん × AI秘書チーム
上部へスクロール